2006-01-01から1年間の記事一覧
『お願いします。…おじさんと、ひとりにしてください。』 『月島…さん。』 南が床に膝を落としたままの美香を軽く促す。 南の表情はまるで深く、暗い闇そのものに覆われているかのように見えなかった。 『……』 場を冷たく静かな空気が流れて声すら出ない。 …
月島南編・第七話『北織君…か?』 ご無沙汰しています。と美香が軽く会釈すると片桐もそれに答えるように頷いた。 『何か、元気がなさそうですね。 私の気のせいだったらいいんですけど。』 いつの日だったろうか。摩梨香が存命だった頃、片桐は当時別の喫茶…
月島南編・第六話『…おじさんが?』 『そんな…』 南は焦りの色を隠せない。傍にいた晋子がたしなめるようにつぶやく。 『店ほっぽって遊び歩く人じゃないっていうのにね…まったく、どうしたっていうんだよ。』 晋子は、自らの商売道具である数珠を手に取り、…
月島南編・第五話 『まさか…』摩梨香の幻影。 そうだ。幻影なのだ。まぼろし。そこにはいない幻。だが、かすかに浮かぶ過去の記憶と情景の断片は執拗に片桐の心を冷たく縛り付ける。いっそ、それも夢であってしまえばどれだけ楽なのだろう。 なまじ、記憶が…
月島南編・第四話『パパ…』 『摩梨香…! マリカ……っ!』 夢…か。 もうこれで何度目だろうか。摩梨香の夢を見るのは。 夢の中で何度も自答する。だが、夢の中の摩梨香は悲しい微笑みを浮かべるだけで何も自分に問い返してはくれなかった。 軽くため息をつきな…
月島南編・第三話『…アオイ。貴方がせめて戻ってきたら…』 そこは、代々朝比奈家に関わる親族を奉る郊外の共同墓地であった。 晋子は先祖に定例の供養を施し、一人物思いにふける。 『このまがまがしい…気。11年前も、そうでした。 えぇ、 わかっていますと…
月島南編・第二話 『南、あなた、なぜそれを…』 晋子の顔が苦悶に歪む。少しの間を置いた後で、重い口を開いた。 『この街の…未来が見えないのさ。南』 『どういうこと?』 『私の力でも、それは確実に読めない、何か見えない巨大な力を伴った聖なる儀式…も…
月島南編 第一話『月が…歪んでいる…きっと、これは、予兆…』 青華学園の屋上に一人物憂げな雰囲気を醸し出しながら、月島南は立ち止まっていた。 思えば、この場所にきてから確かに日は浅い。 しかし、それだけに感じる想いがあった。 『冷たい…力…私を呼び…
その時、眼前にいる一人の少女から 形容しがたい程の魔力を謎の男は読み取っていた。 『素晴らしい… 別け隔てなく与えた能力のはずが、やはり対象となる宿主次第でこうもかわるのか。 嬉しい誤算だ。』 次の瞬間、鉄状の棒を握り締めた黒いヴェールの男たち…
『…父さん。』 イズミが、そっと伸にささやく。 『…お母さんのこと、愛してた?』 伸は、まるでうずくまった子供のように膝をぐらつかせたまま、座り込んでいた。 『…父さん。』 その時、不意にイズミの自宅に一本の電話が鳴った。おかしい。 ここ数日の間は…
『…イズミ』 ひとりきりの教室に、一人の少女の小さい声が響く。『…藍里』 いつにも増してイズミの顔には生気が感じられない。もともと周囲に笑顔や愛敬を振る舞う女の子ではないということは、かれこれ古い付き合いになる深見藍里にとっては百も承知なのだ…
あの出来事から約一週間が過ぎようとしていた。 伸は、まるで一週間前までの行動、言動が嘘のように籠の中にいる一人娘を愛でるようにイズミに優しく振る舞っていた。程なくして学校に行き始めたイズミにたいして気遣ったり、心配をするかのような言葉遣い。…
『イズミ…貴方…何やってるの!イズミ!』 甲高い悲鳴にも似た少女の声が闇に響いた。 『イズミっ!』 『紗映…なんでもないのよ。何でも…』 にやりとした含みを込めた表情でイズミは笑う。まるで観念しきった殺人犯の心のように、イズミの右手にはわずかほど…
病室のドアの前で、ひとり鏡を見つめながら佇む。 そして、訪れるものは激しい後悔と憎悪。 イズミは、自ら手に取った武器を床に再び置いた。 『…イズミ。 君は何がほしい?』 虚栄の塔、祭壇の間。そこはまるで何か違う精神世界が支配しているかのような不…
『…先生。』 優しく、暖かい声が耳に伝わる。 その寸前までは悪夢とも呼べる恐怖と絶望が頭にこびりついて離れなかったというのに。『井上さん? あなたも…なの?』 美奈は、軽く首を縦に振った。 そこは、美奈の自宅であった。 外は気付いたらぱらぱらと小…
今日も放課後、ほとんどのクラスメイトが家路を急ぐ中、美香の帰路を待ち兼ねているかのような仕草で念次は廊下にたたずんでいた。 『…懲りないのね。』 『いつだって優等生は校則の規範から外れているものさ。そうでしょ?』 念次は軽く微笑む。どうやら数…
『海馬マリヤを殺せ。 彼女に連なる能力者を殺せ。 彼女はこの世界の摂理を壊すもの。 この世界にいてはならない存在なのだ』 浴びるように聞いた言葉であった。 もはやこの未里市という街が尋常でない条理に支配されていることは必然であった。 相次ぐ謎の…
生徒のいない夕方の教室、一人、北織美香は器楽室でピアノを弾き終えていた。もうすっかり日は暮れはじめていた。しばし時間を忘れて奏でていたことに気付かなかった。だが、一人の生徒の声で美香は閉じこもった意識から身を翻した。 『…先生。』 『まだ残っ…
〜おやすみなさい、おやすみなさい。いいこたち。 あなたにとってのあしたが、どうかしあわせでいられますように。 あなたにとってのあしたが、どうかいつもとかわらぬあさをむかえられますように〜『これは…何?』 『結界の一種よ。それは滅多な力が介入し…
早夜は、ひとり郊外にある喫茶店に身を潜めていた。幸いマネージャーの自宅が近く連絡手段もすぐにつきやすいということもあったのだが。 紗映からの連絡を待つことにした。『あのHPは見たよ。』 『真意のほどは定かではないけど、とりあえず夜にそちらにむ…
昨晩、早夜は事務所の寝室で一夜を過ごした。あれほど様々なゴタゴタの後でひどく寝付けないかと危惧していたが、割りと目蓋が閉じるのは早かった。 寝室の扉をあけると何やらまわりの人間が騒がしく奔走している。 何かあったのだろうか。 私の記憶が正しけ…
(画像は『オーロラ画廊』より、「君を待つ」 ちずかさん、イラストお借りします。ありがとうございます☆) 『その邪眼の力なら、私の見せる光景もはっきりうつるでしょう。 この子は、私と同じ能力者、山室イズミ。 今、貴方の姉さんと同じ病院にいるけど意…
早夜は、言われるがままに道なりに歩き始めた。 あの病院からさして遠くはない場所だった。 そして、緩やかな歩幅で歩きながら彼女はそっと早夜に語り掛ける。 『…まずは、私の望みから、話すわ。早夜、貴方の力がほしい』 『ちょっとまって、いきなり、そん…
『たとえば、自分の大切な人がこの世からいなくなったとして、 それで、命の重みだとか、尊さだとか、考えても、 …それでも、 それは、不毛なことにすぎないことに気付かされる。 結局、それでも、何も変わらない。あるのはただ死という現実がただ事実となっ…
『人影…?こんな時間に。』 それは、宿直の看護婦が院内を見回っている最中であった。 足音はない。が、確かにかすかに揺れ動く人影を彼女は目のあたりにした。 傍にいた婦長が、軽いため息をついてたしなめる。『疲れすぎよ。 幻覚でもみてるんじゃないの?…
『…美奈。』 美奈は、表情一つ変えずに眠っていた。 槙絵からのメールがきて、自分の無事を簡潔に伝え、そっと携帯をテーブルに置く。 これで、全てが終わった。そう解釈してもいいのだろうか。神永は倒れ、それを裏で操っていた真弓も美奈の手によって滅び…
いつから、こんな能力(ちから)が身についてしまったのだろう。 予兆は、激しくむせぶような息苦しさと吐き気だった。 頭が痛い。 割れるように痛い。 どうして、 こんなに、つらいの… 『…お姉ちゃん?』 見知らぬ一人の少女が、美奈に話し掛ける。 『………』…
『…ごめんなさい』 『どうして、謝るの?』 『貴方を、巻き込む気はなかったのに。』 『…そんな、』 君のせいじゃないのに。 言葉が濁る。思うままに逃げ出し、渓と美奈は公園から離れ、繁華街方面まで離れていた。 時刻は深夜0時をまわっているというのに、…
『最近、私のことばかりかまってくれるのね。どうして?』 美奈は背中を向けたまま渓に語り掛ける。 まるで何かが、そう、違う。 今の今まではあくまで自分に干渉しようとしてきたのは美奈なのだ。なのに、今、この自分の目の前にいる美奈は、何かを試そうと…
[Episode-Extra] それは、雨の日の夜の出会いだった。 一色渓は、雨の日にうずいた古傷を思い浮かべながら夜の街を眺めていた。なんだって今になってこんな古傷が痛むのかがわからない。 近々見続ける不思議な夢とあいまって、漠然とした不安が渓の中にこ…