月夜に揺らぐ

『人影…?こんな時間に。』
それは、宿直の看護婦が院内を見回っている最中であった。
足音はない。が、確かにかすかに揺れ動く人影を彼女は目のあたりにした。
傍にいた婦長が、軽いため息をついてたしなめる。

『疲れすぎよ。
幻覚でもみてるんじゃないの?ありもしない人影がみえるなんて』
『でも…』
『それよりも、今朝に入院してきた患者さんのことのほうが心配よ。』
『…山室さんのことですか?』
婦長が首を縦に振った。
彼女は今朝この病院に入院してきたが、最初その容態を見た瞬間、誰もが自分の目を疑った。
肩甲骨の大幅な損傷、肩から下腹部にかけての原因不明の裂傷、それにともなう出血。
普通なら心電図と一晩中睨み合いになってもおかしくはないはずなのである。
しかし、彼女は意識を失っているわけではない。身体の痛みを訴えてはいるが、その意識が痛覚により途絶えることはない。

非常識にも程があると言うものだ。おまけに、彼女がこの病院に収容された時の姿はどこかの学校の制服姿だったのである。
『点滴の時間よ。あと、止血処理の確認と、できれば…』
『わかりました。』


婦長が告げると同時に看護婦は重い腰を上げた。
『また、人影、しかも…』『誰…なの?』
しかし、病室の前に辿り着くと既に人の気配は無かった。
『能力者…悲しい…さだめ…
でも、決して、逃げることはできない…
私も、苦しい…』
『紗映、あなた…』
『今は、私にはなにも、してあげることはできないから、せめて…』
…to be continued.