氷の少女を名乗る・2

月島南編・第二話


『南、あなた、なぜそれを…』
晋子の顔が苦悶に歪む。少しの間を置いた後で、重い口を開いた。
『この街の…未来が見えないのさ。南』
『どういうこと?』
『私の力でも、それは確実に読めない、何か見えない巨大な力を伴った聖なる儀式…もしくは、それに近いもの。
何をもってそれがなりうるのか。また、それを得ていかなる事が起こるのか、私にさえわからない…』
あまりにも漠然としすぎている。それだけではますます不安を煽られるばかりだというのに。

『…わからなさすぎるよ。それじゃ。』
南は、法術衣の上着を手に取って晋子の部屋を出ようとした。
『南、待ちなさい!』


晋子の喝にもにた響きが静寂を貫く。だが、南は晋子に振り向こうとしない。
『何かがあってじゃ、遅いんだよ!南っ!』
『だって、もう、おこってるのよ――』


しかし、今は事を起こすべきではないのだ。
敵の目的が不明瞭なこの今の現状、こちらから下手な動き方をすることは自殺行為にも等しい。
だから…今はこの沈黙に耐える時期なのだ。
『南、唯ちゃんのとこにいっておやり。
さっきちょっとだけ街でみかけたけど…
こういうときは、一人より、二人になりなさい。
唯ちゃんはあぁみえて沈着だからね、せかせかしい今のあなたにとってはいい清涼剤になってくれるだろうよ。』
『…はいはい。わかりました。じゃあね。』
南の後ろ姿を眺めて、晋子は軽くため息をついた。




『で、私の元なわけね。まったく、晋子おばさんも心配性なのはあいかわらずねぇ。
南もちょっと晋子おばさんに甘えすぎなのよ〜 ね?』
『どこが甘えてるのよ!』突然、バンとトレーを叩く音が響いた。
…なるほど。わかりやすい。
唯のうなずきはまるで晋子と打ち合わせているかのような打算的なものであった。

『まぁ、じたばたしても仕方ないわ。
それより、マリヤのことだけど、
しばらく、siestaで働いてくれるみたいだよ。南の休みの時の代わりにね。』
『マリヤが?ほんとに? よかったぁ。これで、時間がつくれそう! マリヤに感謝しないと〜』
『いったいどうしたの?』唯が首をかしげる
『まぁ、あの片桐鬼オーナーが私をいじめるからよ。週7日勤務なんて18才の女の子にやらせるなんて労働基準法違反もいいところよ。ほんと』
『まぁ、そうだね。
マリヤも、働いて日常に少しずつ溶け込んでいけばいつか全部の記憶が戻るかもしれないしね。』
数十分後、南と唯はトレーを片付けて喫茶店を後にした。


歓楽街の外れに佇む10年越しの喫茶室『siesta』
片桐茂は、妻と一身上の都合で離婚し10年前から娘の摩梨香と暮らしながら喫茶を営み日々を暮らしていた。
『おじさん。』
ふと、セピアブラウンカラーの少女が片桐を見つめてつぶやく。
『この写真の摩梨香さんて、何才ぐらいだったのかな?』
『そうだな…
生きてたら、マリヤ、君ぐらいの年だったのかもしれんな…』
父と娘の絆を結ぶ写真。
そういえば、前にここに来ていた時は飾られてはいなかったのだが。
『なぜだろうな。
その写真を昔見るのはつらかったのに。
今では娘に見られているみたいで。なぜか…心が落ち着くのは。俺も年だよ。』

一日の勤務が終わり、マリヤは帰路を急ぐために片桐にあいさつをしてsiestaを出た。
だが、マリヤの背後を石像のように静止した瞳で凝視する背後の存在には気付かない。
(…to be continued.)