氷の少女を名乗る・1

月島南編 第一話

『月が…歪んでいる…きっと、これは、予兆…』
青華学園の屋上に一人物憂げな雰囲気を醸し出しながら、月島南は立ち止まっていた。
思えば、この場所にきてから確かに日は浅い。
しかし、それだけに感じる想いがあった。
『冷たい…力…私を呼び覚ますもの…
姉さん、あなたがいない世界でも、きっと、私は…』

暮れ泥む空に自らの意志を共鳴させるように、南は空を見つめる。
そして、そっと瞳を閉じて自らの力を高める為の瞑想に耽っていた。 


『…おばさん。』
学園を降り、街に戻った後で南はとある場所に立ち寄った。
そこは、厳正というよりどこか妖艶な漂いを見せた小さい空間であった。

『あぁ、なんだ、南か。
どうしたのさ、こんな時間に。』
その場所で小さな占ト業を営む朝比奈晋子は南の顔を一瞥してそっとつぶやいた。年は五十代前後、どこか世紀の奇術ショーに主演してもおかしくない特注の黒のヴェールとドレスに身を包み、そのメイクと相まって魔性の雰囲気を醸し出している。
しかしその実は南の幼少期を出張しがちで不在だった父にかわり、まるで南を自分の娘のように可愛がっていた。
『儲かってるね。おばさん。私にもおこずかいちょうだいょ。』
『あんたもう18でしょうに、働き盛りの若い娘がなにいってんだか。寝言は寝ていいなさいな。』
顔の割に実直だ。言葉に 無駄が無い。南はいつもこの伯母にはかなわないと思っていた。

『それより、学校のほうは落ち着いたのかい。あんた記憶喪失だとかいっといて港のそばでぐったりして人を騒がせて、席を外すなら一声私に言っておくれって何度もいってるじゃないか。』
『うん…そうだね。でもね…』
『髪もやたらくせ毛がでてきてるよ。直すからこっちにおいで。』
言われるままに、南は晋子の占い部屋の奥の部屋に向かった。



南の肢体は艶やかなガラス細工のように細く整っていた。
無駄な贅肉もなにもない、まるでそれは白い少女の可憐な人形のようであった。南の特徴である黒髪は春先から少し時間が経ったせいか肩の少し先ぐらいまで伸びている。その瞳は微かに碧い精彩を重ねた黒眼であった。
『南、あんた、今日はなんで制服を着てないんだい。今日は平日だよ。学校から帰って来たにしてはここにくる時間が不自然だったじゃないか。』

『制服ならあるよ、そこのカバンに。』
南は躱すようにつぶやく。だが、晋子は諫めるように南に問い掛ける。
『なぜ、黒の法術衣(black vestment)を着てるんだい?南?』
一瞬の沈黙がその場をかき消す。そして、南が次の瞬間そっと再びつぶやいた。
『仲間が…私の、仲間が…血にまみれるのは、いや…』
何故…それを?
晋子が焦りと苦悶の表情を浮かべる。
『おばさん、今、この街で何が起こっているの…?』
(to be continued)