夜叉を屠る・3

『…先生。』
優しく、暖かい声が耳に伝わる。
その寸前までは悪夢とも呼べる恐怖と絶望が頭にこびりついて離れなかったというのに。

『井上さん?
あなたも…なの?』
美奈は、軽く首を縦に振った。
そこは、美奈の自宅であった。
外は気付いたらぱらぱらと小雨が降っていた。美奈がつぶやく。その雨は、明日までに大雨になるらしい。
『北織先生。隠し事しなくても、いいじゃないですが。一人で、孤独なのは私も同じなんですよ。』
異端故の…孤独。
だが、彼女はまだ知らないのだろう。
知らないでおくならそれが一番よかった。それも、今となっては…
『…わかります。
私の心には、わかります。先生は、本気でマリヤを殺そうとしたわけじゃないってこと。
先生は、まだ、正しい心をもっています。』
『井上さん、貴方も知っているの…?この街の、異変を。』
『街…ではないですよね。街と、一握りのひとと、小さな場所。』

美奈は、彼女はまるですべての憂いを帯びたかのように、笑う。その瞳はどこか哀しみににじんでいるように思えた。
『私の生徒が…奴等に…行かないと…
勅命を遂行できなかった私は、しかるべき報いを受けなければならない…
美奈…貴方は、貴方に、この先を託せることかできるのなら…』

くらくらと眩暈がする。
頭が混濁する。まだ自分の精神力は安定を保っていたはずなのに。
『先生…まだ立ち上がらないでください!
先生…貴方は、力を使いすぎているんじゃないですか…

『その暗器…
イズミの香りがするんですよ。』

『…なぜ、そこまで…?』
正しい心がとりつかれた想いを打ち消そうとするから…
これは一種の読心術なのか。ただ、美奈は、それは違うと美香に伝えた。
『イズミを…守りたかったんですよね。彼も…
でも、この街を包む力の正体は、まだ、わからないんです。
だから…』

〜そして、先生。すべてがおわったらまた先生のピアノを聞かせてください…

正しき想い。
とうに捨てきったはずなのに。
…to be continued.