2006-09-01から1ヶ月間の記事一覧

心、掠める

生徒のいない夕方の教室、一人、北織美香は器楽室でピアノを弾き終えていた。もうすっかり日は暮れはじめていた。しばし時間を忘れて奏でていたことに気付かなかった。だが、一人の生徒の声で美香は閉じこもった意識から身を翻した。 『…先生。』 『まだ残っ…

母を想う

〜おやすみなさい、おやすみなさい。いいこたち。 あなたにとってのあしたが、どうかしあわせでいられますように。 あなたにとってのあしたが、どうかいつもとかわらぬあさをむかえられますように〜『これは…何?』 『結界の一種よ。それは滅多な力が介入し…

早過ぎる夜を待つ

早夜は、ひとり郊外にある喫茶店に身を潜めていた。幸いマネージャーの自宅が近く連絡手段もすぐにつきやすいということもあったのだが。 紗映からの連絡を待つことにした。『あのHPは見たよ。』 『真意のほどは定かではないけど、とりあえず夜にそちらにむ…

闇夜に吠える

昨晩、早夜は事務所の寝室で一夜を過ごした。あれほど様々なゴタゴタの後でひどく寝付けないかと危惧していたが、割りと目蓋が閉じるのは早かった。 寝室の扉をあけると何やらまわりの人間が騒がしく奔走している。 何かあったのだろうか。 私の記憶が正しけ…

悪意を辿る

(画像は『オーロラ画廊』より、「君を待つ」 ちずかさん、イラストお借りします。ありがとうございます☆) 『その邪眼の力なら、私の見せる光景もはっきりうつるでしょう。 この子は、私と同じ能力者、山室イズミ。 今、貴方の姉さんと同じ病院にいるけど意…

宵に憂う

早夜は、言われるがままに道なりに歩き始めた。 あの病院からさして遠くはない場所だった。 そして、緩やかな歩幅で歩きながら彼女はそっと早夜に語り掛ける。 『…まずは、私の望みから、話すわ。早夜、貴方の力がほしい』 『ちょっとまって、いきなり、そん…

君に寄り添う

『たとえば、自分の大切な人がこの世からいなくなったとして、 それで、命の重みだとか、尊さだとか、考えても、 …それでも、 それは、不毛なことにすぎないことに気付かされる。 結局、それでも、何も変わらない。あるのはただ死という現実がただ事実となっ…

月夜に揺らぐ

『人影…?こんな時間に。』 それは、宿直の看護婦が院内を見回っている最中であった。 足音はない。が、確かにかすかに揺れ動く人影を彼女は目のあたりにした。 傍にいた婦長が、軽いため息をついてたしなめる。『疲れすぎよ。 幻覚でもみてるんじゃないの?…

もうここにはいない誰かと私

『…美奈。』 美奈は、表情一つ変えずに眠っていた。 槙絵からのメールがきて、自分の無事を簡潔に伝え、そっと携帯をテーブルに置く。 これで、全てが終わった。そう解釈してもいいのだろうか。神永は倒れ、それを裏で操っていた真弓も美奈の手によって滅び…

満ちたりしもの

いつから、こんな能力(ちから)が身についてしまったのだろう。 予兆は、激しくむせぶような息苦しさと吐き気だった。 頭が痛い。 割れるように痛い。 どうして、 こんなに、つらいの… 『…お姉ちゃん?』 見知らぬ一人の少女が、美奈に話し掛ける。 『………』…

死に場所

『…ごめんなさい』 『どうして、謝るの?』 『貴方を、巻き込む気はなかったのに。』 『…そんな、』 君のせいじゃないのに。 言葉が濁る。思うままに逃げ出し、渓と美奈は公園から離れ、繁華街方面まで離れていた。 時刻は深夜0時をまわっているというのに、…

雨に奏でる時

『最近、私のことばかりかまってくれるのね。どうして?』 美奈は背中を向けたまま渓に語り掛ける。 まるで何かが、そう、違う。 今の今まではあくまで自分に干渉しようとしてきたのは美奈なのだ。なのに、今、この自分の目の前にいる美奈は、何かを試そうと…

小説・深海に映る月2 

[Episode-Extra] それは、雨の日の夜の出会いだった。 一色渓は、雨の日にうずいた古傷を思い浮かべながら夜の街を眺めていた。なんだって今になってこんな古傷が痛むのかがわからない。 近々見続ける不思議な夢とあいまって、漠然とした不安が渓の中にこ…