月と言ノ葉・1
あの日、確かに感じた記憶の鼓動。
彼は、最後に『あの子』と出会っていた。
何の目的で?
それは、今さら知る由もない。
だけれども、そこには確かに意味があり、彼女の意志がある。
ならば、私はその真意を問わなければならない。
彼の永遠の眠りが、いつまでも、いつまでも優しく、安らぎに満ちたものでありますように。
おやすみなさい。トシキ。
『………夢?』
もはやそれは夢と呼べる代物ではなかった。
南は、未里市の町外れの小さな教会を尋ねた。
そこにいるのは、初老の神父の留守を一人待つミチルという通り名のシスターがいた。
この場所においては、一年前に病死した神父の亡き妻の意志により、ここより数キロ離れた孤児院と提携管理して、親元を亡くした孤児を管轄する施設となっていた。
『すみません。急な形でお伺いしてしまいまして。』
ミチルは年齢的には南と同じぐらいの年齢と思われる、落ち着いた女性であった。
『いいえ。少しの間ではありましたが、子供たちと遊んでいただいて、ありがとうございました。あの子たちは、最寄りが無いので、普段神父様がいらっしゃるときは、私が外に連れていく時もあるのですが。』
渓は、教会の端に用意された仮眠室で一足早くベッドに入って睡眠を取っていた。
『…そういえば、子供たちの一人の子が、今日は、私のところに普段はこの辺にいないお姉さんがこの教会に来るかもしれないって言ってましたね。ただの偶然かもしれませんが。元々勘の鋭い子でして。』
南は、一瞬視線が止まった。
『…さっき、いた子がですか?』
『いえ、今日は孤児院に月に一回、担当の巡回医が来るので、そちらのほうにはいらっしゃらなかったと思いますが。』
『…そうですか。わかりました。』
南は、これからの事を深く考えることにした。
…渓の存在。
自分の目的。
姉の行方。
離れた知己たちの行方。
だが、いつしか結局は行方の定まらない風のように、今の自分は、移ろい行くだけの振り子のようになってしまっていた。
突き止めなければならない、聖書の存在。
散り去った魂の行方は、一体何処へ向かおうとするのか。
一人、思いにうつむく南を横目に、ミチルは教会の奥の聖堂へと席を外した。
『もし、あの時の私の無力さを、悔いることができたら、俊樹…、あなたは私を許してくれる?』
『心が……胸が、いたいの。私は何を考えているの?あなたを失って、無理に私は自分を深く追い詰めて、あなたの仇を撃つために、もう使いたくはなかった力を、解き放ってしまった………』
『教えて……俊樹……!なぜ、あなたは最後に美奈と何を話していたの…!?』
魂が最後に南に何かを伝えようとしていたのか?
否、そうではなかった。
俊樹の瞳の最後に焼き付いた瞳孔には、美奈の後ろ姿が朧気に映っていた。
『魔術士として…ひとりの、忌まわしいソーサレスとして…怒りが、私を支配しておさまらない………!』
『どうしたら、いいの…?』
降りしきる雨に紛れて流れる微かな、誰にも決して聞こえない小さな嗚咽。
あの場所に幾度となく足を運ぶも、すでに魂の残留思念は霧散して残っていなかった。
『君に映る世界…
私に映る世界…』
いつか、それが灰色からわずかに光あるものへと変わることを、願いたいと思う。