氷の少女を名乗る・3

月島南編・第三話

『…アオイ。貴方がせめて戻ってきたら…』
そこは、代々朝比奈家に関わる親族を奉る郊外の共同墓地であった。
晋子は先祖に定例の供養を施し、一人物思いにふける。
『このまがまがしい…気。11年前も、そうでした。
えぇ、
わかっていますとも。』
悠久に眠れし守護天使の封印が解かれる時、
7人の使いがその天使の依者となって地上を駆ける。『しかし、ですが、まだ…まだ年甲斐ないあの子にとっては、それは、辛すぎるさだめではありませんか…守護天使様…』
数珠と共に握り締めた一枚の写真。これは晋子が過去に自身で撮った写真である。
季節は冬。
左側には髪の長い大きな瞳の七、八歳前後の女の子が、右側にはその少女の肩を支えるような姿勢で写っている十五歳前後の少女が写っていた。
『それでも、一度動き始めた歯車は、その役目がおわるまで決して止まることはない…』


晋子は、何かを決意をしたような表情で歩みを早めた。



『…私に、用事?
南の、おばさんが?』
siestaにマリヤのか細いつぶやきが響き渡る。
『そう、物好きな老婆心からくるなにか。だってさ。言ってる意味さえわかりゃしない。
あの人ったらどうして一人で勝手に悟りが入ったような語り口になっちゃうのかしら。
理解にくるしむわぁ。』
ため息混じりで南がマリヤに語り始める。
茂も会話の間にまじえて一言口を挟んでみせた。
『まぁ、こうゆう時はあの婆さんの小言を聞いておいて損はないと思うがな。』『婆さんだなんて言ったら呪い殺されるわよ?』
茂の冷や汗とマリヤの吹き出し笑いが出たのは同時だった。






マリヤは、その夜晋子の館を訪れた。
だが、別段晋子は深刻な面持ちというわけではなく、最近日常で起こった二、三のことと、身体的なことについて触診的に尋ねただけであった。
当のマリヤも内心何を晋子が知りたいのかがよくわからなかった。


マリヤが撤収した後、南と晋子が館の奥で何やら騒がしくしているのが見て取れた。
『…考えすぎだよ。おばさんは。
確かに、不安がないといったら、嘘になるけど。』
『…えぇ。
南、今日は帰りなさい。
また明日にでも学校がえりにでも時間があったら来るんだよ。』
『…うん。』

あの出来事を忘れたわけじゃない。
唯から、聞いた言葉。
…涙。
どこか、はかなげも昔とは違った表情を見せる茂と晋子。
楽しいはずなのに、悲しい。
私のまわりにはたくさんの友達がいるはずなのに。
まるで私はひとりみたい。
姉さん。

でも、わたしはひとりで戦わないといけないんだから。
悲しみに暮れる碧い傷が南を貫こうとしていた。



『姉さん…
どうして、わたしをひとりに…
姉さん…』
まるで、私みたいだ。

…to be continued.