夜叉を屠る・1

『海馬マリヤを殺せ。
彼女に連なる能力者を殺せ。
彼女はこの世界の摂理を壊すもの。
この世界にいてはならない存在なのだ』
浴びるように聞いた言葉であった。
もはやこの未里市という街が尋常でない条理に支配されていることは必然であった。
相次ぐ謎の失踪、殺人事件。
だがこの街はまるで誰かの不幸を養分として尚輝きを増すような罪の光に満ちているような気がした。
能力者…
美香は、迷いを生じていた。己が心が迷う。普通ならばそれはありえたことではない。
『虚栄の塔』


美香がそう標榜される教義の人物に会ったのはほんの数ヵ月前の出来事だった。
コードネーム。
Vanity枢機卿。その正体を知るものは少ないが美香はそこに足を踏みいれ、自らのことを卿に語るに至った。
そして、諭された。
この街に巣食う病魔を打ち払う剣となれと。


その言葉が不思議な言霊のように響いて、美香の心はまるで何かに浄化されたようだった。
そして、同じく美香と同様、卿の直接の教義を授かった人物が未里に二人いる。山室イズミと鈴木紗映である。幸い、イズミは学園内で自分が受け持った生徒の一人であるし紗映も休学中とはいえその状況はイズミとにている状態ではあった。
故に意志の疎通もはかりやすかった。
だが、ここに来て異変が起こった。
海馬マリヤとその一行の能力者を追ってきた何者かにイズミが襲われイズミは瀕死の重傷を、紗映に至ってはその消息をくらませている有様だった。

迷いをふっきらせるために信じた己の心がまた新たな迷いを生じさせていた。
毎日のように響き渡る卿の内なる声。
だが、あくまでこの世界の中で正しい心を持ち続ける為に、美香は自分の傍にいる大事な人間を守り通す意志を貫徹することを決めた。

そして、いつか、誰かが私のことを正しいといってくれる日が訪れるまで。