小説・深海に映る月2 

[Episode-Extra]
それは、雨の日の夜の出会いだった。
一色渓は、雨の日にうずいた古傷を思い浮かべながら夜の街を眺めていた。なんだって今になってこんな古傷が痛むのかがわからない。
近々見続ける不思議な夢とあいまって、漠然とした不安が渓の中にこみあげていた。
雨の中の出会い。
『傘もってないの? そんなかっこじゃ風邪ひくよ』
『私の傘、かしてあげるね。 なくしちゃだめだよ!』
気付いたら、夜はあけていた。
あれは、なんだったのだろう。今も部屋の外のベランダには雨に濡れた無地の傘がたててある。そこには見えにくいが微かに、MINA.Iと名前が記されていた。
不安、毎日の不安。 これ以上、幼なじみである槙絵や、悪友でもあり親友である大作を困らせたくはない。けれども…
そんな、ある日。
渓のアパートの前に一人の少女が立っていたことに気付いた渓は、その姿にふと声をかけてみる。
『きみは…』
傘、ありがとうとただ伝えたかった。しかし、彼女は
『最近、何か身の回りで変わったこととかおこらなかった?』
そう渓に告げた。まるで何かを警告するかのように。
そのようなことがないことを美奈に話すと、美奈は安堵の表情を浮かべる。
そして、二、三たわいもない話をして、今度会った時に傘を返す約束をした。
『はぁ…はぁ…』
だが、渓は帰り道の美奈の体の異変に気付くはずもなかった。




一週間後。
何やら身の回りのそぶりにどことなく噛み合わないものを感じていたが、大作とは連絡があれからつかなかった。仕事は今は何もやってないはずだが電話もなにもつながらない。
そして、槙絵は、
いくらかまってもそっけない返事しか帰ってこない渓に不安を感じつつあった。
渓は、ただ調子がよくないだけの話だから槙絵とは関係ないしかかわることはないという。だが、槙絵には渓のことばが本心だとは思えなかった。 たとえば、何かやましさ、くるしさ、心の葛藤をかかえているとしたら…
それでも一人の幼なじみとして渓になにもしてやれない無力な自分にいらだちさえ感じ初めていた。
渓は、街外れの公園で美奈とばったり会う。
しかし、いつにもまして美奈の表情には笑みがない。あの傘をかしてくれた雨の夜でさえ
傘なんかほんとはどうでもよくて、何か大切なことを自分につたえたかったのではないかとさえ思う。
…これは妄想なのだろうか。