氷の少女を名乗る・5

月島南編・第五話


『まさか…』

摩梨香の幻影。
そうだ。幻影なのだ。まぼろし。そこにはいない幻。だが、かすかに浮かぶ過去の記憶と情景の断片は執拗に片桐の心を冷たく縛り付ける。

いっそ、それも夢であってしまえばどれだけ楽なのだろう。
なまじ、記憶があるから、忘れられないから、だから悲しくて傷をつくってしまう。
『馬鹿だ…
街を離れたところで、うろついたところでいったい何があるというんだ。
何も…意味はないというのに…』
片桐はなおも夜の街を徘徊する。
この夜は静かに未里市の歓楽街方面のネオンのほうへと消えていった。


『…私が、何かを知っているということですか。』
そこは、晋子の館の奥の部屋だった。
マリヤはまるで問い詰められるような鋭い視線でうかがう晋子の表情に戸惑いを隠せない。

『記憶喪失…
その失われた記憶が、もしかしたら昨今、この街で起こっている奇怪な事象の秘密をとく鍵になるかもしれないのなら、あるいは…』『でも、今の私にはそれを思い出させる術もないんです。だから…
もう、いいですか‥?』
『………』
晋子は、無言のままマリヤを帰した。
その夜、何度も南に問い詰められた。
自分の大切な人間を疑うのは私でも許せないと。
だが不安は晴れない。
どこから湧き出るかもしれない、不安の具現。
予感‥予兆‥

守護天使様…』

その2日後、南と晋子は学校帰りの唯から
片桐がsiestaの店を閉めたまま行方をくらませたことを聞いた。
…to be continued.