夜叉を屠る・2

今日も放課後、ほとんどのクラスメイトが家路を急ぐ中、美香の帰路を待ち兼ねているかのような仕草で念次は廊下にたたずんでいた。
『…懲りないのね。』
『いつだって優等生は校則の規範から外れているものさ。そうでしょ?』
念次は軽く微笑む。どうやら数日前の体調の悪さはほとんどなくなっているみたいで顔色も悪くはない。事態はほぼ平穏に戻っているといっても過言ではなかった。
『今日はいつまでいるの?』
『調べものがあるの。だから、夜まで残るから…。市川君。いい加減に、早く帰りなさいよ。』




帰り際、少し不貞腐れたような子供じみた表情を残して念次は階段を降りていった。
美香の心に少しの安堵がよみがえる。
…それから、数時間後、ちょうど日も暮れた矢先、美香は職員室でうたた寝してしまっていた。気が付くと、携帯電話に一通のメールが届いていることに気付く。

『君の校舎から一番近い警察署に向かえ。』
宛先は虚栄の塔からのものであった。
標的がそこにいるというのだろうか。いや、そもそもこんな形で物理的な伝達が向こうから来た試しは前例がない。美香に一抹の不安がよぎる。だが、今はこの指示に従うしかない。
美香はカバンを持って急いで校舎の外に出る。

『………』
一瞬、校門の外にかすかな人影を見た気がした。しかし、それにかまっている余裕は無かった。

警察署の外は何やら騒がしい雰囲気に包まれていた。警官数名が至る所を縦横無尽に動き回っており、混沌としていた。
そんな中、美香の耳に何やら壮年男性らしき男と刑事のやりとりが入ってきた。
『今は緊急なんだ。手が開いている部署に話をまわしてもらえないか。』
『これだけいってもまだわからないのか!
人一人の、命の差にどんな違いがあるというんだ?』『貴様、最後まで話を…!』

スーツ姿の壮年男性の男が憮然とした態度で刑事をにらみつける。
刑事は、ばつが悪そうな表情でため息をつき、そそくさとその場から立ち去ろうとした。
『あの人は…』
その光景が自分の視野に入った美香は、そっと自我を取り戻すかのように足をその場所へと進めた。
『北織…先生?』
念次の父親がそっと美香に気付き、小さな声で訴える。

悲壮とした瞳は微かな悔し涙を浮かべ、美香に訴えかける。それからほどなくして、美香は念次の突然の失踪を知った。


『標的を今夜消去せよ。さもなくば。』



もう電話に意味はなかった。美香は夜の街を疾走する。
複雑な迷いと心の痛みの中で、美香はそれでも正しい心を守ろうとした。
虚栄の塔は、こう命じた。この街に降り掛かる災いから、美香とその周囲の人間の安全を保証する。そのかわり、この私が指し示す標的を殺せ、と。
盲目な心ではいられなかった。血に染めてまで得る安息より、何よりも真実が知りたかった。
そしてそれは、美香に一つの結論をだすに至った。

『…マリヤ。』
その宵の先に、マリヤはいた。
『目を覚ますのよ。あなたも。
この不条理な世界を壊すために、何が必要なのか。』『バニティこそが、摂理を壊すものであるということに、気付くのよ。』

旋律が響く。念次が苛まされた狂乱とした毒を帯びた電波が美香の脳裏をかき乱しはじめる。
『うぐっ…ああああっ! マリヤ…マリヤ…殺す… わたしが…』
それは楽器の指揮棒に鋭い細剣を忍び込ませた暗器であった。美香は、我を失ったように、マリヤに強襲した。
しかし、一瞬の光がフラッシュするように宵をかき消すと同時に、美香はその場に崩れ落ちた。
『…私、まだ…』
『呪縛が、解けたね…これで。』



『…おねがい…彼を、助けださないといけない…だから…』
『マリヤ、彼女は私が。だから、早く…』
『えぇ、わかったわ。大切な仲間の為に。』
その時、黒髪の少女がマリヤのそばから顔をのぞかせた。彼女は美香にそっと手のひらをかざすとやわらかい光が美香を包み、脳裏の痛みをみるみると回復させていく。
『私も探します。だから。一緒に。』
…to be continued.