白銀の糸を執る・2

その時、眼前にいる一人の少女から
形容しがたい程の魔力を謎の男は読み取っていた。
『素晴らしい…
別け隔てなく与えた能力のはずが、やはり対象となる宿主次第でこうもかわるのか。
嬉しい誤算だ。』
次の瞬間、鉄状の棒を握り締めた黒いヴェールの男たちがイズミを捉える。だが、イズミは一瞬のうちに跳躍し、その右手に持った白銀の鋼糸をけしかけ一気に男達の自由を奪う。

『あなたは…』
イズミが、謎の男ににじりよる。
既に黒のヴェールの男達はイズミの手によって気絶していた。
『悠梨は、殺されてなどいない。
彼女は、自ら死を望んだ…歪んだ世界に自らの存在を植え付けるために。
さぁ、イズミ。この手を取れ。
お前がすべてを憎み、すべてを失い、
そして得る力こそが、
この俺の願いを叶えてくれる…』

『な、なんだと…』
急に伸の表情が青ざめた顔に変化した。乞うように謎の男に言い寄る。
『お前…
それは約束が違うだろう!イズミを…お前の元に渡せば、
俺に悠梨をもう一度会わせてくれる約束だったんじゃなかったのかぁっ!』
伸の背後にいたイズミもまた凍りついた。
全ては、虚飾にすぎない想いだった。
望むなら、あの日に帰れる道を探したい。
叶うなら、母がいた日々に自分も戻りたい。
それら全ての望んだ小さな想いが例外なく灰色の景色と変貌していくのに時間はかからなかった。
『イズミ。聞いたか。この男の声を。
これが、こいつの本性だ。自分が滅ぼした女の幻影に苛みながら、死んでいくのだ。』
嘘だ。
まだ信じていない。
でも、もう時間はない。
『イズミ。お前の手で伸を殺すのだ。
11年間の苦しみ、悲しみ、絶望を断ち切るのだ。
そしてお前には新たなる世界が祝福してくれるに違いない。』
イズミの表情が強張る。次の瞬間、白銀の鋼糸は眼前の伸にむかって伸びようとしていた。
『シュッ…!』
だが、鋼糸は伸の身体を擦り抜けさらに奥の謎の男にむかって放たれようとしていた。
『…バカが。忠告を無視しおって。』
その時、謎の男の背後に闇に嘯く魔獣のようなオーラが浮かび上がった。大地が律動しその場に地震にも似た衝撃が落ちた。
『………!』



1時間後、事の異変を察知して駆け付けた美香が、海岸沿いの道を駆け、イズミの場所へとむかっていた。
『…イズミ。』
海沿いに抜ける道に防波堤が見えた。
海岸特有の潮の匂いもさることながら、それとは違う嫌悪感を漂わせる匂いがその奥に進むほど充満していた。
美香は、瞳を開けた瞬間凍り付いたようにその場に立ちすくんだ。
『いやぁぁぁぁっ!!』
そこに残ったのは、美香の悲鳴。血溜りの匂い。
そして、その血溜りを床にして仰向けに横たわっていた無残なイズミの肢体であった。
(山室イズミ編 END)