氷の少女を名乗る・6

月島南編・第六話

『…おじさんが?』
『そんな…』
南は焦りの色を隠せない。傍にいた晋子がたしなめるようにつぶやく。
『店ほっぽって遊び歩く人じゃないっていうのにね…まったく、どうしたっていうんだよ。』
晋子は、自らの商売道具である数珠を手に取り、早足でその場から出ようとした。
『おばさん!』
『街でこうもよくない噂がたつ夜だ。
いい年してうわついた場所に行かないようにしっかり見つけて灸をすえてやるさ。』
皮肉の中にも情が見える。晋子らしい気遣いであった。
『おばさん!私もいく!』『南!』
即座に晋子が言葉をさえぎる。
『何かとごったがえしてるときにあんたまでいなくなったんじゃ面倒みきれないよ。
片桐さんに店の合鍵はもらったんだろ?
今夜はあたしが帰ってくるまで店で待ってな。
‥酒でも用意しとくんだね。』
晋子はそう言うとスッと扉を開け、外へとむかった。
『もぉっ…
いつまでも私のこと子供扱いして!』
『それだけ、南がかわいいのよ。
ふふ。羨ましいな。』
唯がクスクスと背後で軽い笑みを浮かべる。
一方の南は眉を潜め、軽く悔しそうな含みの表情を作っていた。
『そういえば、南、さっきあなたの携帯がなってたわよ。
さっき玄関にカバンおきっぱなしにしてたでしょ?』
『あ…そうだった。すっかり忘れてた…
ごめんね、唯。』

南はカバンの中に入った携帯を取り出す。
そこには、再び宛先不明の一通のメールが届いていた。
『…氷の少女よ。
…眠りから目覚めよ。
そして、姉と同じ運命をたどるのだ。』

『……姉、さん? なんで………』
虚ろい行く不安。惑い。そのすべてがじわじわと南の心をせめぎたてる。
『南!』


唯の言葉をふりきって、南は外へと走りだして行った。


『うぅ…摩梨香…
摩梨香…
マリカ…』
未里の街の繁華街で幹線のガード下に並ぶ立ち飲み屋の通りの店の場末に片桐はポツンとたたずんでいた。



『あのおっさん、1時間前からずっとあれだよ。
マリカマリカって馬鹿みたいにうわの空で。』
『貢いでる女にふられてショックで立ち直れないってとこかしらね。
バカな親父ねぇ。』
若い女性店員の愚痴も耳には届かなかった。
うわの空の状態のまま独り言をつぶやく。しばしして、片桐の隣にとある一人の若い女性が立っていることに気付いた。
『片桐先生?』
それは、聞き覚えのある馴染み深い女性の声だった。『あ、あんたは…』
(…to be continued.)