夜叉を屠る・4

病室のドアの前で、ひとり鏡を見つめながら佇む。
そして、訪れるものは激しい後悔と憎悪。
イズミは、自ら手に取った武器を床に再び置いた。
『…イズミ。
君は何がほしい?』
虚栄の塔、祭壇の間。そこはまるで何か違う精神世界が支配しているかのような不思議な空気があふれていた。
『何を望む?
果てない力か、金か。
それとも…
世界の、滅亡かい?』
視線の先はカーテンに隠れて見えない。
いや、そもそも人が存在しているのかさえわからない空気。
イズミは無言だった。さらにカーテンの裏からイズミに呼び掛けるように声が言葉となってつづけられていく。
『その傷、』
誰に付けられた傷なのだ? 』
『………っ!』
イズミの表情が歪む。まるで自分のすべてを見透かされているような、心を丸裸にされたような屈辱にも似た思い。
『案ずるな。
お前は虚ろなる神の加護を受けているのだ。

…お前は弱い人間ではない。そうだろう?』
『わ、私は…』
イズミは、愛を知らずに生きてきたのかもしれない。
14歳で両親を事故で失い叔父の家で引き取られた。
だが、叔父は狂暴の塊のような人種であった。
度重なる暴力。
増えゆく傷。

…いつか、弱い自分と決別することができるなら。
街をあてもなくふらついていた時に、虚栄の塔はイズミの眼前に現われた。

『この武器を手にとるがいい。
そして、すべての災いに断末をあたえるのだ。イズミ。
心に狂気を、右手に凶器を。
あとは、添いゆくのみよ。』
そして、虚栄の塔から抜け出した時、イズミに尋常でない何かが宿ったのを知った。
『これで、役者はそろったな。』
『7人の使徒。7人のえらばれし虚ろなる器。
そして、歪みゆく世界。
問題は…ない。』
『鍵のもつ魂は?』
『‥運命には、さからえんよ。』


その翌日。
それは風が冷たい冬の三日月の夜だった。
不思議と身体の震えはない。
心は冷静だった。
凛とした冷たさが漂う中、イズミは緩やかな歩幅を保ちながら家路への道を急ぐ。
『…まだ。帰ってなかった。』
『……』
家に一人身を置いた。叔父の帰ってくる様子はまだない。
少しして、
一人の壮年の男が玄関にやってくる気配がした。
『…イズミか。
こんな時間にひとり今日も詰られてかえってきたというのに、おかえりなさいの一言もなしか。』
まるで目の前の男、山室伸はイズミを舐めるような表情で見つめていた。
『私の両親の遺産が貴方に入っているから、好きなだけぶらつくことができるというだけじゃない。
父さんはそんな叔父さんのことを心配していたのに、それなのに…』

『口だけは達者な小娘だ。あいつににているよ、お前は…』

『あいつ…?』
含みのある言葉にイズミの心に戸惑いが生じる。
『お前の、母親だよ…』
『………っ!』
一瞬で、自分の脳裏に暗闇が溶けるように入り込んで行くのを感じた。そして、その言葉の意味がイズミに深い傷をさらに植え付けてしまうということを。
『そうだ…イズミ。お前は、俺の…!
お前は…俺の…クク…ははははっ!』
その時、イズミの心の中直接、あの闇なる声が再び聞こえてきた。
『心に狂気を、右手に凶器を、あとは添い行くのみ‥』
『うぁぁぁっ…!』
右手から忍ばせた武器をからませるようにイズミは伸に向けた。
それは、まるで裁縫糸のような白い淡い色彩を帯びつつも鋼のような硬度を持った謎の暗器であった。
『ぐ…が…イズ…ミ‥』
『お前さえ…いなければ…』

『…イズミ!』
その刹那、聞き覚えのある一人の少女の声がイズミのもとに響き渡った。
…to be continued.