死に場所

『…ごめんなさい』
『どうして、謝るの?』
『貴方を、巻き込む気はなかったのに。』
『…そんな、』
君のせいじゃないのに。
言葉が濁る。思うままに逃げ出し、渓と美奈は公園から離れ、繁華街方面まで離れていた。
時刻は深夜0時をまわっているというのに、この街のネオンが消えることはない。
いや、むしろ今の心を紛らわせてくれるには…、
騒がしさに紛れて自分の心を乱してしまうことさえ悪くない。
そう、言ってしまえば俺はもうどうなってもいいんだ。
『…臆病なのね』
『……!』
見透かされている?俺の心を。そんなことが…
美奈は、口元だけで軽く笑う。だが、その表情は夜の光に紛れてみえなかった。
『冗談だよ。』
『あれだけの光景を見せ付けられて、まともに立っていられる人間なんていない。
貴方が恐れるものだったら、私だって恐い。』
『あいつは狂ってる。あいつは俺を…』
『それは口実。能力者は何かの目的なしに殺戮を繰り広げたりはしない、
きっと目的があるの。
ただ、願わくばその目的が私であってほしい。そうしないと、彼を放置してしまうと渓や、槙絵さんの安全は保障できないから。』

君が、目的…
それは、美奈が危険にさらされることと同じ意味なのではないか。ならば、なぜ…
『槙絵の行方は、美奈、君にはわかるのかい?』
『…わからない。
でも、見当がついていないわけじゃない。夜が明ける前までにはみつけるから。』
渓は、一瞬最悪の光景をふと想像してしまった。
瞬きしながらそれをかき消し、平静を取り戻そうとする。
『渓、ちょっと休んでいいかな?…少しでいいから。』
美奈が唐突にささやくように渓に話し掛ける。
名前でなまじ呼ばれ慣れていないだけに、渓はわずかな刹那、妙に美奈を意識してしまう。
そして、繁華街の出口のファミレスへ入った。


だが、美奈は何もオーダーするでもなくひとりテーブル席で横たわってしまう。『…お客様?』
『…って、ちょ… あ、じゃあ、アイスコーヒーを2つ。』
『当店はドリンクバーとなっておりますが』
『…は?』
まわりからみたらいかにもデート慣れしないカップル同然だ。
渓の額に冷や汗が浮かんだ。


10分後、美奈は本当に寝入ってしまった。
無防備にも程がある。
そういえば、彼女の制服姿をみるかぎり明らかに槙絵と同じ学校の制服なのだが、何故ここまで制服の大きさが不自然なのだろう。
ブレザーの大きさはまるで小さなマントのようだった。

少しして、美奈が目を覚ました。その瞳はまるでどこか虚ろな虚空をみつめているようだった。
『…雨?』
いつのまにか、外はポツポツと曇り空とわずかの雨。そして、何かを決心したように美奈はふとたちあがる。
『…美奈!』
つかつかと早足で進む美奈を渓がとめた。
『どうしてひとりでいこうとするんだよ?』
『…敵は、能力者だから。渓は、普通の人間だもの。これ以上私のことに巻き込むわけにはいかないの。』『どうして、…あの時は、君は俺を守ってくれようとしたじゃないか…?それなのに…』
『能力者は、目的の為なら犠牲も何もいとわない。
でも、私はまわりの何も悪くない人たちが死ぬのは見ていられない。だから、かかわってほしくない。』
『…それじゃ。』
神永が、能力者だとわかって美奈は、俺に近づいて…そんな、それじゃ、

自分は…
『シヌンダヨ オマエハ
オマエガ シヌンダヨ』
『うぁぁぁぁっっ!!』
突然、渓は精神をオーバードーズされたように取り乱しはじめた。
『…渓っ!』
美奈が、渓のもとに駆け寄り渓を揺さ振る。しかし渓はいきなり奇声に近い声をふりまきながら美奈に掴み掛かろうとする。
『……!』
精神汚染…
渓を狙っている…?
神永の仕業…そんなはずはない。彼の能力はあくまで物理的腕力に突出しただけの小物にすぎないのに。
『能力者が…他に…』
しかし、それよりも今は渓を正気に戻すことが先決であった。

『今の状態じゃ不完全かもしれないけど、ヒーリングを…!』

『うぅっ!』
突然、美奈は激しい嘔吐に似た苦しみに襲われた。
『…でも、つかわなくちゃ…いけない‥から…ああぁぁっ!』
美奈と渓を包むようにその瞬間、白い光が夜を照らした。
(そして最も恐るべき者)

『…渓、ケイ…!』
『美奈…?』
心の中でそう叫ぶ。
しかし、渓を呼び起こしたのは槙絵だった。
『槙絵…!』
『無事だったのか…』
『うん、いきなり真っ黒な服を着た大柄な男の人に口をふさがれて気を失って、どこかにとじこめられていたの。でも、記憶がない…』
『そうか。でも無事でよかった。』
『…でも、なぜ黒い大柄のって。
気を失ってたとしたらわからなかったんじゃなかったのか?』
『ううん。上原さんと上原さんの友達が警察を呼んでくれたらしいの。私、昨日無断欠席になっちゃったし、私のこと、上原さんが心配して。』
『…上原さんが?』
そう、確かに今朝の地方紙で犯人らしき、つまり神永の特徴を報道していた。
しかし、奴が黒い服を着ていたということは、新聞のどこをみても書いていなかったはずじゃ…
そして…何よりも…
『美奈、美奈はどこに…』そうだ、記憶がないのは自分も同じだった。
…美奈が、誰かをさがしているなは間違いないというのに。
美奈は、誰にも死んでほしくないと言った、だとしたら自分を犠牲にしてでも、神永とさしちがえて…
『や、やめてくれ…』
『しっかりして、渓!』
『あぁ…
大丈夫。平気だから…』 なぜ疾しさを感じるというのだろう。
美奈は、誰に振り向くというわけでもない。ましてや、臆病なこの自分に。
…だけど、消えない、小さな、わずかな想い。
いったいこれは何なんだろう…
わからない。
『…いや、いかないで。』『槙絵?』
『渓が、わたしのもとから消えてしまいそいなのが、恐い…恐いの…』
『槙絵』
謝りたかった。が、いまはその言葉さえもでない。
…くしくも、まったく同じ想いを美奈に抱いているなんて。
自分はなんて愚かな存在なのだろうか。

『大丈夫だから…』
なんて安っぽい言葉なんだろう。
それでも、 会いたい。
叶うなら、…美奈に、もう一度。
『また、雨が…』
…to be continued