あの日、確かに感じた記憶の鼓動。彼は、最後に『あの子』と出会っていた。何の目的で? それは、今さら知る由もない。 だけれども、そこには確かに意味があり、彼女の意志がある。ならば、私はその真意を問わなければならない。彼の永遠の眠りが、いつまで…
いつか見た同じ景色は、時間と共に悲しい景色へと変貌する。その温もりは永遠に叶わぬものに。 その離れた手は二度と彼女の元に辿り着く事はなく。 『‥おはよう。月島さん。』 聞き覚えのあるような懐かしい声で南は目覚めた。 どれくらい転寝していたのだろ…
美奈は、松室の言葉に従うままにセント・ホスピタリア内のラボラトリーに向かう。『…これで、予感は確信に変わる。 そして、この街に巣食う病魔の正体もつきとめられる。』松室は、研究室につくや否や、美奈にとある話を語りはじめた。 『一人でお喋りとは悪…
『勝手に信じて、勝手に信じるのをやめて、 裏切られたと思い込んで、それで、信じなければよかったなんて‥ 馬鹿みたい。 そんなに貴方の心は単純なの。願わくば、そういうことを愛とか、‥間違っても言わないでいてほしいわ。』 不意にかじかむ両手。 止まら…
『ねぇ、子供の頃を思い出して… 何かを見つけて、何かを失い、 そして、少女たちはやがてどこへ行き、どこへ消えていくのでしょう?そのカーテンの先には違う世界があると思っていたわ。 薄汚れた幻を焼き付けて それでもその先には何も存在しないことに 何…
『不意に訪れる雨。 その雨は、誰の為に降るものなのか。やがて冬が終われば、全ては安楽へと導かれる。悲しいな。 神は、未だ終末を望んでいないということか。 暗黒と凶滅のディストラクション…今宵こそは、等しく我が願いが叶うことを祈る。』 それは、誰…
都内の街角、喫茶siestaには何時もの朝を告げる一日が始まろうとしていた。 日常をそつなくこなす。それ自体に特別の意味は存在しない。 だが、確実に一つの手がかりをつかむために片桐は一人コーヒーカップを拭き取りながら物思いに更ける。 日常に、自分の…
再びこの街に幾度となる繰り替えされるであろう夜明けが近づこうとしていた。 眼前の南は埠頭のベンチに身体をより預けるようにして眠っている。 意識は目覚めているのだろうか? 不意に、どうでもいい思考が地場の胸を過る。 そして、地場はあの言葉を思い…
『ガソリン…?』 明らかに室内から異質の、意識を不快にさせる臭いが充満していくのを感じた。 だが、地場は極度の精神衰弱のせいかその異変には然程にも気付いてはいない。 『まさか、黄の手下か‥?用済みになった俺を始末しようと‥く、くくっ‥ははは‥ なん…
南の表情には寸分の迷いも狼狽も無かった。 ただ、そこには毅然とした意志を持った瞳があった。地場は彼女を直視さえ出来ずにいた。 自分の方が本来ならば圧倒的な優位な状況にあるはずなのに…全ては自分の計算通りのはずであった。 だが、今ここに来て彼女…
『余りにも痛々しき悲痛なる姫君の運命。無慈悲に、数刻の暗転を持ってして彼女は再び窮地の淵へと落とされる。悲しきかな。 これもまた彼女のさだめ。 百合の聖書がもたらした、“救い”そのものであった。』 それは時間にして、数秒にも満たない一瞬の間合い…
闇が目前に迫り、太陽が地平へと沈もうとするその刹那。 『この感じだ… 私があの時に感じた冷たい妖気。ずっと誰かに凝視されていたかのような感覚。 私はその感覚の微かな跡を辿っていた。確信はないけど…でも…』秘めたる想いの在処の先に待ち受けていた未…
『奇遇だな。』 含みを込めた表情で茗荷は悟流に語りかける。持っていた携帯灰皿からは灰の残骸が今にも溢れそうであった。 『茗荷さん‥どうしてこんなところに。 まさか、有給休暇の余暇に来たわけじゃないでしょう。』 『相変わらずのつまらん冗談だ。 営…
『…もしもし。』 その最初の第一声はどことなく脆く、何かにすがりついたような声のように聞こえた。 そもそも、メールアドレスに記載されていた数字をそのまま辿って打ち込んだ数字がそのまま彼女の電話番号になっていたのは不自然ともいえる偶然であった。…
翌朝、悟流は不意に目覚めた。 自宅のテレビがつけっぱなしになっていた。たまたま映っていたその時間帯のニュースで大元の怪死に連なる情報提供の訴えをキャスター同士で議論していた。 ブラウン管の先の事件の話なのに、まるで現実は浮ついた一つの雲のよ…
喫茶Siesta。 聖夜の鐘がどこからともなく鳴り響く目覚ましい朝の景色を見つめながら、店内では幾人の男女が開店への準備を整えていた。 『体調のほうは大丈夫なのか? まだ仕事とかできる調子じゃないんだろう。美奈。』片桐が後ろを振り替えるとそこには青…
闇夜の静寂に不意に一通の着信が届く。 『…はい。』 相手は、私よ。と一言つぶやいてそれから毎度の癖のようにクスクスと電話口に向けて微かな笑みを覗かせた。 『仕事が早いわね。さすが泣く子も黙る羅刹の名は伊達じゃないわ。黄偉強。 貴方をそばに迎えて…
沈黙に包まれた部屋の外から、一人の男の気配がした。 コン、コンと軽く鉄製の扉を叩く音がする。覗き口から見える男の視線は見覚えのある男のものであった。『吉田。』茗荷が署内の渡り廊下へそっといざなう。 『拘留期間は終了した。 証拠不十分で貴殿を釈…
署内の深夜の廊下は静寂とした空気が流れていた。 この時間だと周囲の住宅街からの喧騒もさして響くことはない。もっとも、繁華街からわずかの距離を置いた立地の場所だけに署内の回りで騒ぎを起こして羽目を外す空気もそうは起こらないのかもしれない。廊下…
『幸せになるための条件を教えてくれだって? ならば、過去を気にする必要はあるのかい?』『…何、いい加減参ってきた? うふふ。何を言うのかと思えば。それが現実じゃない。』周辺の人の気配の察知を怠ることなく、自分の気配を極限にまで落とし込めて電話…
今日の日付がもうすぐ終わりを迎えようとしていた。 宴は終わる。 甘美なる歓声と酒の匂いに満たされた空間の中で、悟流は配膳されたグラスに年代物と思しきワインを注ぐ。ちらりと悟流は窓際を眺める。 外の雨の具合はよく見えない。ただ、窓に軽く打ち付け…
夜は次第に更けていきその深さを増して行った。 だがこの入り口の扉を開くとそこは甘美なる楽園に連なる宴が形成されていた。悟流は新聞を読み耽って受付の退屈な時間を潰す。もっとも二十二時を過ぎたこの期に及んで受付の仕事がかさむわけでもない。 名簿…
ひどくその日の夜は寒かった記憶を覚えている。 まるで冬が未だ見ぬ春の訪れを引き止める意志を伝えようとしていたかのようであった。彼女にどんな内容のメールを返したのは覚えていない。 言葉を選んでいる余裕すらもなかったのであろう。 ただ、その日の夜…
夕暮れ前の日が欠ける空が微かに窓際の隙間から見える。 何となく時間を潰すつもりが気付いたらこんなに経っていようとは悟流の想定外であった。 『あと一時間か。』 テーブルには作り置きのパスタが置かれている。 慌ててこしらえたものなのかはわからない…
『明日の天気予報ですが、先日より関東地方に停滞した低気圧により‥』 一人、悟流はTVをつけたままベッドに身体を預けていた。 『財布、買い替えないといけないな‥金はともかく、あれにはツレの文に明日の為に頼んでいた親睦会用の花束の受注書が… 仕方ない…
いつもの場所に、彼女はいた。 何か目的があるわけでもなく、一人防波堤越しの海を見ながら黄昏ている。 『どうしたの?』今さっき見えた奴等の姿は幻覚だったのだろうか? 見間違いをするほどまだ視力は衰えてはいない。冗談も過ぎる話である。 『い、いや…
路地裏で闇に紛れて男達の談笑が漏れる。 『まだ見つからないのか?』 『はい…』 『馬鹿が。事は急を要する。vanity様の怒りを買う気か?』 『いえ。膳立ては既に揃っております。 仮初めの術法を必ずしやこの世界で成就させるために。 しばし、神よ。両眼を…
冬の風が強く揺れなびいている。 まるで何かが悲しみを伝えるように。 そしてまさかの通り雨。 都心のネオン街にたむろう人々は急な雨に戸惑いを隠せぬままざわついていた。『まったく、誰なんだ…今日は一日晴天なんて行った天気予報は‥』 急な通り雨の中、…
『早過ぎる夜を待つ』 男を愛した季節があった。 男を見守った少女がいた。 泰星主演、そしてこの映画のヒロインを演じたのは若林早夜であった。『ただ、何かを、誰かを好きになった証をこの世に残したくて。』 『これが、貴方とすごす最後の日。』物語は、…
身体中に痛烈な痛みが走る。 静寂な一室に空気を汚すような血の臭いが充満する。限界は間近であった。 意識が混濁する。 かつて人であった者、いや、人である者を捨てたと言った方が正しい狂った白衣の男が植え付けた傷跡が、ひしひしとその痛みを増していく…