白銀の糸を執る・1

『…父さん。』
イズミが、そっと伸にささやく。
『…お母さんのこと、愛してた?』
伸は、まるでうずくまった子供のように膝をぐらつかせたまま、座り込んでいた。
『…父さん。』
その時、不意にイズミの自宅に一本の電話が鳴った。おかしい。
ここ数日の間は夜に電話など間違い電話にせよかかってきたことはないはずだっだのだが…
『ひぃっ!』
伸は怯えた声を出した。イズミは、歯を食い縛ってその受話器を取る。
『…山室さん?』
電話の声は担任の北織だった。
昨夜から一人の生徒が謎の失踪をとげており、昨日会ったばかりのイズミに北織自身から直接、安否を気遣ってかけてきてくれたものであった。

『はい、私は大丈夫です。色々心配をかけてすみませんでした。でも、平気です。』
イズミはひとまず憂いをなくすべく、まず自らの周りの人間は迷惑をかけさせまいと決意した。
その時だった。
不意に、玄関の扉がノックされた。
『…?』

イズミはその音に過敏に反応し、受話器を床に落としてしまった。
『イズミっ…!』
美香がとっさに向こう側の異変にきづいて叫ぶ。だが、数秒としないうちにその受話器からは無乾燥なノイズが流れ出した。
『イズミ…!』
そして次の瞬間、美香の携帯の元に宛先不明の一通のメールが届いた。
『山室一家は知りすぎた。
案ずるな。
二人まとめてこの世に別れを告げさせてやれ。』

『山室一家…?どうして、イズミが…!?』
唖然としている暇はなかった。
美香は黒のスーツを手に取り、即座に何かに突き動かされるように自宅を飛び出した。





『…ここを逃げるよ!  早く!』
『イズミ…ま、まってくれ…』
イズミは、伸の手を取り夜の街を駈ける。
何者かの気配がした。
それも得体の知れない邪悪に満ちた何かが。
『はぁ…はぁ…
父さん、教えて…
虚栄の塔に入ったから、そこから、何かがおかしくなって、だから、母さんは死んだの…?
事故じゃ…なかったの?』
『あ、あぁ…事故じゃ…ない。そうだ…』
悠梨の真実を知っているかのように振る舞う伸だが、その言葉はどこか歯切れの悪い箇所があった。
この数日間で、知った事実は、悠梨に、イズミの過去に辿り着くことはできるのだろうか。

走りながらやがて二人は海岸沿いの港に近い広場に辿り着いた。辺りは防波堤に近いが視界は暗やみに塞がれてその奥はよく見えない。
『イズミ…すまん…』
カラン…カラン…
突然、伸がイズミの肩を激しく叩き、明後日の方向に向かって走りだす。それと同時に何やら鉄の塊のようなものがガラガラと無機質な引きずりをたてながら、黒いヴェールに身を纏った人間たちが湧き出るようにイズミの周りを取り囲み始めた。
『とお…さん…?』
『俺は、まだこんなとこで死ぬわけにはいかないんだよ!』

伸が自分の元を離れていく。その先に見える一人の男が、ジッとイズミを氷のような冷たい視線で見つめていた。
『ほう、これがおまえの娘か。
なるほど、11年前の悠梨とそっくりだ。
しかし、皮肉だな。
こうして俺の元にすがってまで、そうまでして生きながえたいか。

…挙げ句の果てに悠梨を、な。
解せない男だ。』
『さぁ、イズミ、ここにいる男達の前で力を使え。 そのお前だけの能力を使い、覚醒するのだ。』


次の瞬間、イズミの瞳が歪んだ暗闇のように変貌した。
…to be continued.