月燭蝶・5

夕暮れ前の日が欠ける空が微かに窓際の隙間から見える。
何となく時間を潰すつもりが気付いたらこんなに経っていようとは悟流の想定外であった。
『あと一時間か。』
テーブルには作り置きのパスタが置かれている。
慌ててこしらえたものなのかはわからないが、綺麗に一人用の皿に盛り付けられていた。
文は窓際の傍にある外の陳列用の花束を整理していた。
『明日はね、近所の常連さんの運動会なんですよ。』

文が微笑ましそうに陳列用の花を眺めると常連の親子らしい二人組が文の元を尋ねてきた。文はその息子らしき男の子に和やかな笑顔で挨拶した。
二、三母親とやりとりをしたあと文は奥の物置に頼まれていたものを取りにいった。

悟流は機を見計らって文の店からいとまする機会を伺っていた。

『お母さん。明日の運動会は晴れるといいね!
きょうの夜からずっと晴れてるし、明日もきっと晴れだよね!』
息子が無邪気に母親に問い掛ける。だが、その言葉に悟流はどうしようもない不快感を感じていた。
『きっと、晴れる…?だって‥』
自分の小さな復唱でその言葉を否定しようとする。

『明日は晴れないよ。』

『‥‥え?』
二人はその悟流の余りにもの無機質な一声に身を硬直させた。
『今夜は雨なんだ。明日も、そして明後日も。

太陽なんか、太陽なんか俺は大嫌いなんだよ。
…撤回してくれないか。』『‥な、何を言っているんですか、貴方‥』
母親が怪訝な瞳で悟流を見つめる。息子の瞳はこらえきれない程の涙を微かににじませていた。
間もなく、背後から文の足跡がコツ、コツと響き渡る。
悟流は半ばばつが悪そうにその場で文に一礼をして立ち去った。
『吉田さん‥?』


悟流は時計を気にしながら小走りでその場を駆けた。

会場の館に向かう。この場所は六本木に近い場所であり都内でも有数の甘美な飾りを纏った高貴な館であった。
入り口に大元肇の姿があった。悟流に手を振りこちらへやってくるように合図をうながす。
『おーい!悟流!』

大元のかけ声に促されて悟流は会場入りした。
『なぁ、

ちょっと聞きたいことがあったんだが‥二人だからこんなざっくらんな物言いで申し訳ないんだが‥』
『ん、いや、いいよ別に吉田なら。どうした?』
『朝式場で見てた新聞をもう一度見せてほしかっただけだ。いい。自分で時間があいたら目を通しとくよ。』
『なんだよ、ころころと。ん、?吉田。携帯鳴ってるぞ。』
大元が呼び掛ける。
それは昨夜アドレスだけを交換した彼女からの一通の短文のメールであった。

『元気?
今おめかししている途中です。
ちょっと心配笑

願わくば恥ずかしくないくらいに頑張って現われるから待っててくださいな。みなみ』


『いつのまに出来た女なんだ?』
すかさず大元が突っ込みを入れる手を悟流が軽く突っぱねた。
空を軽く一瞥する。願わくば今宵の闇が薄い水色の雨の露に濡れてくれることを願って。