エンゼリック-アクトレス・1
『早過ぎる夜を待つ』
男を愛した季節があった。
男を見守った少女がいた。
泰星主演、そしてこの映画のヒロインを演じたのは若林早夜であった。
『ただ、何かを、誰かを好きになった証をこの世に残したくて。』
『これが、貴方とすごす最後の日。』
物語は、一人の少女の運命的な邂逅、旅の始まり、旅の終わりへと収束して行く。
少女は、永遠に日が昇らぬ運命を知っていた。
自らを病む病。
そして、最後の日、彼女はただ一つの笑顔を残して青年の前からその姿を消した。
『…だって?ねぇ、ま、まぁほらこの手の恋愛映画っていうのはまぁ色々あってね…』
得意気なのか謙虚なのか分からない姿勢で早夜は語りはじめる。
雑誌に載っているスクリーンの中の凛とした少女とはまるで別人のようだ。
『‥凄いね。
いや、これはそんな形容詞で語るには忍びない。
この笑顔、この表情…』
晋子が雑誌に映える早夜の姿を見て驚嘆していた。
最後の日、
早夜が泰星演じる一人の青年に最後の別れとも取れるシーンの最中。
その数秒。
すべての画面がまるで凍り付いた静寂のように息をひそめる。
彼女の笑顔が、早夜の笑顔がまるですべての悲しみを微塵に溶かすような太陽となって青年にふりそそいだのであった。
『……っ!!!』
青年は泣いていた。
何に涙を流したというのではなかった。その日、その時、その一瞬の彼女の刹那の想いが彼に全てを託したのであった。ただ一つの笑顔によって。
泰星は雑誌の中で一言だけ語っていた。
『どんな恋愛をしたら、どれだけ愛することができたら、あんな笑顔が出来るのでしょうか。
不肖な話、役者を生業にしているこの自分が彼女のその笑顔に包まれたら一瞬だけでも本当に愛されているのではないかという錯覚さえ起きました。』
そして、早夜は紗映、美奈、唯、晋子が集まっていた中で
自分の境遇、紗映と果たした約束のあらましを語った。
『あなたは…
そういえば、あの時の青華祭の時の控え室ですれ違った…
あの時はごめんなさい。
ろくに会釈もできなくて、考え事をしていたのかもしれません。』
美奈に早夜が一言添うように伝えた。
『い、いえ…いいのに。そんなこと。
それより私ももっとトレンディなものに興味を向けるようにしたほうがいいのかしら?』
二人は思わず笑いだした。
『…いえいえ、私も美奈さんには色々教えてほしいかも…
そのグラマラスな体型を維持する秘密とかをできたら…!』
『は、はいっ??』
これには晋子達のが先に笑った。当の美奈は冷や汗をかいていたようであったが。
『これで、南が戻ってきてくれたら全てうまくいってたんだけどね…』
『南さん…?ってもしかして、あの長い黒髪の女の子ですか?
私より色白だけど。』
『やっぱりそこは突っ込むんだ…』
唯の呟きに美奈はうまく聞こえないふりをして話をかわしていた。
『そうだよ。
まぁあやつはちょっとスランプに弱いんだよ。
この世の中というものは芳しい。生きにくくてせち辛いものをたくさん抱えている。
だから自分を強く持たぬ者は濁流に押しつぶされやすい。
まぁあの年じゃまだ無理もないんだがね。』
『ちょっと私の力でなんとかしてみましょうか。人探しってなんか探偵みたいですけどね(笑)』
早夜の戦略は、自分が抱えているホームページにそれらしき情報を開示して手がかりを探すことらしい。
正直雲の上を掴む話ではあるが、逼迫した状況の中手段を選ぶ必要は無かった。
『それじゃ、私は今日はこのへんで…
紗映、またいつでもメールしてね。』
『あ。あと晋子さん。そこにある電灯、夜にはスイッチ落ちますよ。看護士さんに言って交換してもらったほうがよさげですよ。では〜』
早夜はサングラスとキャップをかぶりそそくさと病室を後にした。
『電灯?
昨日代えたばかりとかいってなかったかい?』
その夜、使い古された中古品の電灯を間違えて付けてしまったとして慌てて看護士が紗映の病室に駆け付けていた。