魔女の余裕・2

夜は次第に更けていきその深さを増して行った。
だがこの入り口の扉を開くとそこは甘美なる楽園に連なる宴が形成されていた。悟流は新聞を読み耽って受付の退屈な時間を潰す。もっとも二十二時を過ぎたこの期に及んで受付の仕事がかさむわけでもない。
名簿のチェックとパーティ終盤の要となる酒の調達の確認ぐらいのものであった。
受付の入り口には文から仕入れてもらった花束が飾られてある。
『婚約…か。』
約束とははかないものなのだろう。そう言い聞かせることによって少しの焦燥感を抑えることは賢明な判断だろう。
石橋を叩いて生きるのが信条の自分にはもっともらしい理屈になる。
『閉幕は二十三時か。
さて、受付も一段落したことだし中の様子でも伺ってから支度をするかな。』


悟流は正面の扉をそっと片手で開ける。すると人気の無かった空間から突然眼前に南の横顔が現れた。
『うわっ!』
不意をつかれた悟流はオーバーに驚く仕草をみせる。
『…驚きすぎ。』
南は軽く膨れた表情をして悟流にけしかけた。
『髪、ちょっと結んできたの。似合うかな?』
背中まで届きそうな程の潤いを含めた黒髪は左端で軽く結ぶように束ねられていた。
『こういう場所にいたら、なつかしさを感じるんだ。
私の小さな頃にいた場所に似てるの。
華やかで、きらびやかな場所。
いつのまにか‥こんなに時間が過ぎちゃうものなのかなぁって。』
『名前以外の記憶は、未だに思い出せて、ないのかい?』
『…うん。』

どこかはかなげに語る彼女の横顔はとても綺麗だった。
『ちょっと最後の酒宴のために荷物を搬入してくるんで。また後で。』
『はぁい。』

強く語れる生き方がある。例えば、彼女のように。

あの時、あの雨の街角で自分を助けてくれたのはほんの一時の気まぐれだったとしても。
彼女の強い意志の力に、悟流は何かを感じ取っていた。
『さて…宴も終わりか。』この時はまだ気付いていなかった。
やがてここから始まる恐怖の再来の足音がすぐそばにまで迫っていたと言うことに。