とこしえの記憶・2

『由香里っ…!』
漆黒の衣に身を包んだ南を止めたのは意識を不意に取り戻した由香里であった。『殺さないで…
その人を‥先生を、殺さないで…
お願いだから…』
由香里の哀願に南の瞳が収斂する。
迷い…錯乱…
だが決してそれだけでは語れない感情が南を襲う。
『フッ…』

一瞬、屋上をなびく風に相まって伊達の微笑が伝わる。
そっと歩み寄り由香里に手を差し伸べた先は、鋭い眼光の面影は跡形もなく消え去っていた。
『お互い、この世に光を見いだせない者同士が、語り合い、ひかれあった。
由香里。
‥それでいいじゃないか。』

『楽園‥そうだ。楽園だよ。こんな現実、‥虚構に汚く塗り潰されたきらびやかな世界に何の価値があろう。
こんな狭い世界の中でうそぶく俺に、君は確かに手を差し伸べてくれた。
由香里。
君ならば‥』
『でも‥』
由香里が昏倒した美奈の肢体をぎゅっと握り締め、何かに打ち震えるように声を押し殺して呟く。
『誰かが、傷つくことでなりたつ楽園は
私には、必要ないんです‥先生‥』

由香里の言葉は、その瞬間伊達への拒絶へと変貌した。
時間にして一瞬の刹那、伊達の瞳が深く深遠の闇にとりこまれたように染まって行く。
『君も‥なのか。
俺に、決してその心は開かずに空を翔けてしまうというのか‥君も‥

そんな、そんな羽根があるから‥ぐおおおっ!!』
『どけぃっ!』
眼前の南を怒りにまかせた拳で弾き飛ばし、伊達は由香里の元に駆けるように走る。
南はフェンスに叩きつけられるようにその身を打ち付けられた。
『ならば‥由香里…
力をくれ‥この俺に!』
美奈の身体から由香里をはがしとるように右手を由香里の首筋にかける。
乱暴に振りほどかれた由香里の髪止めは解けその長い黒髪に紛れて由香里の表情は見えない。
『うぉぉぉっ!』
由香里の頬が薄い水滴で濡れるのを伊達はその右手で感じ取っていた。獅子のごとき叫びを放ち、屋上にただその純粋な悲しみ、怒りを形にした夜叉が瞳の奥にいる氷の少女を捕らえていた。