散華

片桐と晋子の二人はセント・ホスピタリアの正面入り口へと辿り着いた。
だが、相変わらず唯の携帯電話にはまったく音信がつながる節もなく、伝達は途絶えたままであった。
『今日は学校内は入学試験のため、一般の生徒は休日になっているはず。連絡もなしに学校にいったんだろうかね…』

晋子の脳裏に一抹の不安がよぎる。
『美奈ちゃんも、あの子も記憶を取り戻そうとしている。
おそらくは、あの子の記憶の奥底に眠るものこそが、今回のすべての奇怪なる事象の鍵を握っていると私は考えている…
だが、WALD LITTER…奴等に対抗すべきは、能力(ちから)が…
せめて、葵がいれば…!』
晋子の不安はそれだけにとどまらなかった。
自分の娘のように尽くし、愛でていた南の失踪。この現状の混乱の矢先、くらました南の行方を探すことは何を差し置いても優先すべき課題であった。

『気掛かるな…姐さん。ワシは学園のほうに一度足を運んでみる。
もし唯ちゃんが学園に戻っているのなら、行き違いになりかねん。
そして唯ちゃんと合流できたら、あんたに連絡する。』
『…任せたよ。』
片桐と一時離別した後に晋子はナースステーションの最奥にある手術室に足を運んだ。
『…鍵がかかっている。
当然よね…しかし、このがらんとした人の静けさはどうだ、まるでこの病院自体が巨大な墓標のようだ…』
その時、手術室の中から強烈な磁力のような力を晋子はまざまざと感じ取った。『ピキ…ッ!』
それはあまりにもまがまがしく、奸な負の磁力に溢れていた。
『…この中で何が…』
『おばさん、逃げてぇっ!』
その時、手術室の扉に見えない衝撃波が轟音と共に炸裂した。
とっさに身を屈める晋子。しかし晋子の懸念は聞き覚えのある少女の声であった。
『クククク…ッ。貴様ら。こんなところで何を詮索している。
飛んで火に入る夏の虫め。潰れ死ね。』

『うぁぁぁっ!!』
一瞬、画面がブラックアウトし晋子は視界を奪われた。だが、すぐさま数珠に力を込めてその場に磁場を作り眼前の敵に備えようとした。
『お、おばさん…うっ!か、身体が…!』
手術室の強烈な磁場に叩きつけられ扉は解放した、その扉に力づくで潰されたのは満身創痍の紗映であった。
『紗映か…なぜこんなことに…あ、あんたは美奈の執刀医の…』
『ちがうの、そいつは、美奈の…じゃなくてうあああっ!』
見えない力にまたも紗映が壁に叩きつけられる。そして扉の最奥に潜む闇に巣食われし声に捕われた男が、ゆるりと二人の前に狂気となって現われようとしていた。