巡るセツナ

またこの夢だった。
いつも自分の不安を嘲笑うように誘い来る夢魔
この変わらぬ闇に包まれた何かが
渓の心を深く食い入っていた。

『なぁに?渓?』
美奈はセミショートの薄い黒茶色の髪をさらりとかきあげて渓に微笑む。
『いや、なんでもないよ。』
渓の頬が軽く照れに似た桃色に染まったのを美奈は見逃さなかった。
『なぁに〜?』

美奈は膨れた頬ですねている自分をアピールする。
『最近夢をみるんだ。
それも、得体の知れないぼんやりとした夢を。
そこは古い一つの小さな病院。
美奈は一人、泊まってる。一人、美奈の淋しそうにベッドで横たわる姿をまるで見てくれといわんばかりに自分の瞳にやきつけられるんだ。

おかしいよね。美奈。
でも、夢って時に自分の不安の象徴だともいうし…』
美奈は頬に指を付いたまま軽く微笑む。

『あと、昨日見た夢はまた変だったんだよ。
自分が昔嫌々やらされた野球帽をかぶってる、子供の頃。たぶん小学生ぐらい。
自分が無理に野球をやらされて、全然活躍できなくて、まわりに失笑されて、で、隣の公園のほとりで一人の黄色いパーカーみたいなのを着た小学生の子が、じーっとみてるんだ。

そしたらさ、
一瞬、その女の子と目があったら景色がまるで歪んで。
びっくりしたよ。
髪は美奈くらい。肩幅も、背も、身体もまるで17、8才くらい、美奈にまるで化けるようにさ…』
『ふーん。って、じゃあそれもろワタシじゃないの。ワタシだよ〜うふふっ。ワタシに似てた子にもう浮気したんじゃないのぉ?』

『違うよ!誤解だって!』
渓は鼻息を荒らたげて美奈に怒りをアピールした。美奈はただくすくす笑うばかりであった。
『じゃあ…
ワタシみたいな髪型で、背で、体付きだったらやっぱり誰でもいいのぉ?渓?』

今度は美奈がつんとした得意面を見せた。
『もう、そうじゃないっていってるのにさ、美奈のいじわる。』
渓は更に何かに心をふらつかせるように、そっとささやくように小さな声で美奈に話した。

『もしも…っていうか、たまにふと思うんだ。



いつか、美奈とのこんな関係も、時間の共有も時間が経てばやがて終わってしまうのかなって。』
『渓は…終わりってあると思う?』

緻密な謎解きのようだった。
果てなく考え抜いてもそれは出てこない命題の解なのではないかとさえ思った。
『終わる前から、終わりを考えても仕方ないんだよ。終わりは終わり。
人が変えられるものじゃない。運命に近いもの。
でも、人は努力をするよね?
何かを守るために、何かを信じるために、続けるために。
そして終わりが来たとしてもワタシは後悔しない。
終わりは、意味がないことじゃない。例え全てが終わったとしても渓、君の記憶にワタシの存在は残るんだよ?
だから、ワタシを愛して。
渓と出会えたから。
渓は、ワタシの運命そのものだから。いつか来る終わりも二人で寄り添えるように、そっと、ワタシを導いて…』

唐突な唇の接近を渓は不意に許してしまった。
まるで渓からの返事や思考をそのわずかな刹那、自分だけが遮るように。
『忘れない…ワタシは、忘れない。忘れてあげない…』




看守の一人が渓の宿泊場所のの地下へと緩やかに歩く。
『日記?』
『えぇ、この少し先で途切れてます。』
『本人の身柄は?』
看守は眉を潜め首を横に振る。
『そうか…わかった。
あと、なんだこれは?ロザリオのようなものが日記の切れ端にあったのだが…』