虚構に舞う百合・2

まるで、自分だけが違う世界にぽつんといるみたい。
空虚な世界。
巡る輪廻。
たたずむ私。

この世界に、
たたずむには私は余りにも異質な存在…かも、しれない。
もしも、願いが一つだけ、叶うのなら…
姉さんと、私と、パパと、ママと…4人で…


『……っ!』
夢を見ていた。
その夢の中には自分の願いを映した虚像が見える。
南は、前髪をかるくスッと掻き、ゆっくりと歩調を整え街に向かって歩く。

『…サトリ…
心なんて、他人が、かよえるわけが…ない…』




南と別れた帰路、季樹は一人、帰り道の見慣れた歩道を歩き続ける。
『普通ではない、何かを、彼女は持ってると言った。
そんな、月島さんの目は真剣だった‥あんなに真摯な月島さんの目付きを僕は知らない。
きっと、歳は同じといえど僕以上に、何かを背負って今の今まで生きてきたんだろうと思う…
だけど…』
『悩みごとかい?優等生!』
親しげな一人の青年の声が響く。どこか皮肉を込めた憎めない口調であった。
『市川君か。
相変わらずだね。
学内の推薦はむしろ君のほうが高いじゃないか。僕の場合はただ学力という数字的な観測で評価されてるにすぎない。
将来、自分が何かをつかむには、数字ではないなにかで、認められたいものだよ…
数字が持つ評価なんてたかだか知れているんだから。』
そっと念次が季樹の隣に映る。
不思議だ。
念次と季樹は高校三年生を迎えた学年からの知己であったが、この青年にあった何か青春特有のがむしゃらさが洗練されたように抜けており、一種の達観とした表情さえ見られる。
『都内有数の御曹司がよく言うぜ。
まぁ、何だ。見たところそんな悩みじゃないみたいだな。これか?』

不意に念次は含み笑いをしながら小指の指を立て季樹を凝視する。
『食えない性格だね‥君も。』
『おい、だとしたらこれは何だぁ、季樹!』
念次が何か弱みを握ったようなせせら笑いをみせる。ふとポケットからするりと落ちた定期入れの脇から一枚の写真が見て取れる。
ロングヘアーの黒髪の整然とした表情の美少女。…月島南であった。
『盗撮?』
『な……!これは彼女のお店にいるマスターの伯父さんからもらった‥あぁ、もうっ!』
しばしの間、二人の無邪気な小競り合いは続いた。


『なぁ…
季樹。推薦、お前に譲渡しようかなと思う。
今の俺は、…何者でもない、ちっぽけな存在。
実はいるんだよ、俺にもな。
季樹にとってのその子になる存在の人が。』
念次の表情は途端に真剣そのものに代わり、一片の隙も感じさせない。
『だけれども、ある時ふと思ったんだ。
ヒトを想う気持ちの強弱は、その人に依るものなんだ。
自分が変われない、変われないと始めから認識している人間は何をやってもかわらない。
だから、心を洗い流し、何が正しいことなのか、自分は正しいのか、その摂理を自分の心の中で見極めないといけない。

伊達先生の一件があっただろう。』
『須藤さんのことかい?』
『思えば、俺の主観だと彼ら二人は現世で正しくあるべき、想いを見いだせなかった。
乱された想いが迷いを生み、錯乱させた。だから、あんな最悪の結末を選んだとも言える。
報われなかった想いの行方…悲しいとは思わないか?』

『まるで思想家だね。
須藤さんは月島さんとは青華学院以来の仲だったのは知っているよ。それ故に…
…それに、仮にも人が学院内で亡くなっているんだ。
今、こんな話をするのは不謹慎だ。市川君。』

『…悪かったな。
ただ、ヒトを好きになる想いとは強い自己犠牲を伴う。
季樹。お前に、彼女の業を背負うことが、できるのかな…』
季樹の顔に迷いの苦悶が浮かぶ。
確かに念次の言葉はあまりにも抽象的だった。だから故の妙な説得力と美化された言葉が辛辣に心に響く。
…自分の想いは、この程度なのだろうか、と。
幸い、念次の前々からの他人を独特の視点から見る寸評には定評があった。
だが、この今想い、彼女の何かに意識を働き掛けている自分を虚飾することもできない。

夢の中でいつも黒髪の少女は何かを自分にささやきかけている気がした。
『よかったら、読んでみるといい。』
『これは?』
百合の花のような模様が巻頭の表紙にある無地の本を季樹は手渡された。