清らかな嘘

晋子は、自宅の電話から南の携帯電話に朝から何度も着信を入れる。
反応はない。
留守番電話にすらならない。
『‥そういや、さっき、南が持ってた電話は損傷があった。
まさか‥』
着信が無い以上南からの連絡を待つしかない。
晋子は途方に暮れていた。『晋子おばさん‥』
『おはようございます。』
館の入り口を見渡す少女の声が窓際から聞こえた。
『唯ちゃん‥それに、紗映かい‥』
『南が、どうしたんですか‥』
唯の声が不安に満たされた声色に変わる。
一方の紗映も何かに心を縛られたような趣のある表情であった。
『堂島、湊ちゃん。
あの子を覚えているかい?』
『私は…
あっ。1年前にこの館が新調された時に両親の方々と一緒にいらっしゃいましたよね。確か、南の遠い親戚にあたる‥』
晋子は、昨日湊から連絡があり、1年ぶりにこの未里市に帰ってきたことを伝え、南と久々の余暇に再会するに至ったのではあるが‥
『ん、紗映…?どうしたんだい、何か顔色が悪いよ?
具合でも悪いのかい?』

紗映は額に冷たい汗を浮かべていた。その表情は尚にも重い。
『堂島‥その名前、私は知っています。
1年前‥いや、生きているなんて話は、そんな‥そんなことが…』
『なぜ‥、紗映。それを?』


紗映は、そっと耳打ちするかのような小声で話す。
『な、何だって…』
『それは、事実です。私が組織を抜ける直前に知ったこと。今でも覚えています。だから‥』
『馬鹿な‥では、昨日会った南の相手は…!』
『おばさん…南を…南を‥!』


『ぐうっ…』
晋子の表情が苦悶に浮かぶ。
晋子は昨夜かかってきた湊の自宅へとつなぐ。
『はい。こちらは佐藤。はぁ、堂島?何だそりゃ?
こんな朝っぱらからイタ電すんじゃねぇよ。馬鹿野郎!』

『な、何故…』
紗映は凛とした瞳で外の景色を一瞥し、晋子と唯に問い掛ける。
『探しましょう。南の行方を。そして、彼女の正体をつきとめないと…』
3人は館を後にした。
冬の冷たい風が外の街を包み込む。そして、この街に未だ消えやまぬ涼しげな悪意に満ちた何かを晋子は感じ取っていた。