隻眼の少女・2

美香は紗映を連れて晋子が待つ館の一室へと向かった。
既に時刻は夜の十二時を廻っており、凛とした静寂が場を支配している。
『…美香かい。遅かったね。』
『遅かったねって、それは私の台詞よ。
いい加減携帯電話の一つぐらい持てばいいのに。』
『磁場は‥心を乱す。占いを生業とする者に文明の利器に振り回されるのは納得がいかないらしいよ。
‥さて、前置きはいいとして、ん‥美香、そちらのお嬢さんは?』
『鈴木 紗映です。』
美香が口を開く前にスッと紗映が歩み寄った。
背は美香より幾分小柄で、イズミよりもやや童顔な印象を受ける。だが、その心の奥に潜めた感情は揺るぎない強い意志を表していた。
紗映はまず冒頭に、自らの青華学院との関係、経緯について軽く語った。

休学する前の学園生活の諸々は最初は当たり障りのない会話の内容ではあったが、次第にこの未里市を取り巻く不穏な空気の流れを説明するに至った。

『虚栄の塔』
この単語が出るとほぼ同時に紗映はかるく眉をしかめ、静止した状態になる。
『片桐の親父も、美香の生徒の山室さんの一件も、新任講師の伊達の一件も、すべからく奇怪な状況ではあった。
そして、その事件の背後には必ずと言って良いほど虚栄の塔と名乗る組織の影がちらついていたのさ。』
紗映はそれを自分の中で事実だと認識するように頷く。
『だが、何故一生徒のあんたがそんな事までを‥?いったい‥』
紗映はうつむく。
美香になら、晋子になら自分の身の上を語れ、尚且つ自分の運命を受け入れてくれると信じたのだろうか。
たった一人の戦いとわかっていたとしても。
『‥‥‥』
紗映は左目を覆っていた黒の前髪を撫でるようにそっと降ろした。
そこには、明らかに人工的な色彩を放つ透明色の義眼が埋め込まれていた。
『あんた‥それは‥』

晋子は驚きの色を隠せない。
尚も続く紗映の言葉は冷静であった。
『今では、この左目は私の身体の一部です。
悔やむ気はありません。
目的‥、生きる為の目的の犠牲となったとしても。
‥もともと、虚栄の塔は何も別段変わりの無い、信仰組織にすぎなかったんです。
11年前までは。』

途中、紗映は眠気と激しい衰弱の疲労に襲われた。
状況を整理するのは翌日以降にすると言う取り決めをして、美香はひとまずその夜は自分のマンションに紗映を泊めさせることに決めた。
『‥11年前までは。』
ベッドの中で安らかな表情で眠る紗映の寝顔をよそに、美香は11年前という言葉の断片だけが絶え間なく脳裏をよぎった。