心の障壁

何時もの登校の最中、唯は他の生徒より早く登校していた。
校庭のそばにある花壇に水をやるのが今では唯の学業の他にやるべき日課と化していた。
いつからだったはよく覚えていない。
ただ、その日課はいつでもある日常に何かを添えるものとして定着するに至っていた。
『‥あれっ、あの人は‥?』
唯が校舎にふと目線を向けると一人の男子生徒らしい人影が見えた。その人影は唯をみつめるとバツが悪そうに身を屈めてその場を離れようとした。



その日の放課後、唯は再び花壇を訪れる。
すると、そこには先客がいた。今朝も花壇を眺めていたあの男子生徒の彼であった。
唯と一瞬目が合うとそそくさとその青年はその場から立ち去ろうとする。
唯がはっとかけ声をかける。
『ま、待って!』
『あなた、うちのクラスの宮内君ね?
どうしたの?

…花壇なんてこそこそ見てもしょうがないのに。』
『あ、‥いや、そういう事じゃないんだ。
君に何も迷惑なんてかける気じゃなかった。誤解していたのなら、ごめん。』

『‥由香里のこと?』
その言葉を聞くと、一瞬、凍り付いたような沈黙がその場を包んだ。
唯は、宮内の事情をうかがった。
『花‥献花?由香里に?』
由香里の実家は遠い西の中国地方の県境にあると言う。
姉妹のいない由香里が不慮の事故で若いその命を散らしてしまった以上、この東京に彼ら親族一同がいる意味はほぼ皆無となった。

墓前は帰省した先の地方で改めて作られる予定らしい。その為に自分ができることを何かしたいと思い詰めた上での結論であった。
『そうなんだ‥』
唯は軽く思考を巡らす。
『でも、それならこんな花壇の花より、もっときちんとした場所で用意しないと。
献花には献花のきちんとした種類があるんだから。』宮内がきょとんとした表情で唯を見つめる。
『はぁ‥まぁ、無理もないか。いいわ。じゃあ今週の週末にでも私が探しにいってあげる。それなら大丈夫でしょう?』

『そんな、それは我孫子さんになんか、悪い‥』
『いいのいいの。一つは私自身のためでもあるし‥気にするのはなしで、ね?』
宮内は少し照れながら笑みを浮かべた。

その日の日曜日、唯は郊外の花屋から純白の菊とそれに合わせ添える花をいくらか用意してもらい、購入した。

その日の夜、ちょうど帰宅の帰り道ということで晋子の館に唯は花束を持ったまま立ち寄った。
『献花?
あぁ、そうか。確かに彼女はな‥
そういえば、宮内君かい、その生徒。彼は、一度うちの館に占いをしてもらいに来たことがあったんだよ。ちょうど私が留守の時にだったんだけどね‥』
『占い‥?』
唯の瞳が細く収斂した。