秋の終わり、君憂う頃・2

翌日。
外は何時にも増して肌に突き刺す程の冷たい風が吹いていた。
長袖一枚では肌寒い気候といって差し支えないぐらいであった。
南は仕事に励みながらsiestaの店の窓の外をそっと見つめている。
『姉さん…
彼等は知っている‥。姉さんのことも。そして、私のことも。』
自分の記憶。
確かな記憶。
存在の在処。

深く考えすぎることが身体にも、心にもよくないことは知っている。だが、今はそれだけでは心が落ち着かないのも事実であった。
ある日、片桐はこう言った。
『生きてさえいればいい。それだけで、
生きているだけで‥その後は、どうにでもなれる。
過ぎた時間を二度とはとりもどせないのと同じで、
生きている人間しか、未来を作ることはできないのだからな‥』

想いに耽っている間に片桐から頼んだオーダーを受け渡された。
『南。ブレンドだ。』
南は渡されたブレンドをカウンターの奥のテーブル席に持っていく。そういえば今日は昨日とは打って変わってカップルの来客が目立っていた。

『まったく、どこそこのカップル喫茶じゃないんだからね‥』
南は密かにため息を付いて奥のテーブルにブレンドを持っていく。

『お客さま、お待たせしまし‥あ、あれっ…あなたは?』
南がきょとんとした表情でテーブルに一人たたずむ青年を見つめる。
『ど、どうも‥』
自分の挙動を明瞭に除かれるのが恥ずかしいのか、その青年は南がブレンドをテーブルに置くと手持ちの厚めの文庫本に顔をひそめてしまった。
『その制服‥
うちの学校の‥?』
よく考えたら少しばかり不思議でもあった。
駅から決して徒歩で近い距離とはいえないsiestaにわざわざ足を運びにくるというのもめずらしいものであった。
『あぁ、でも、マスターの珈琲は評判がこのあたりでは高くて‥』
カバンから慌てた様子で青年が地域の情報系雑誌を取り出す。そこには確かに休業から復帰、siestaの記事がわずかばかり掲載されていた。
おそらくは片桐の身内の賜物なのだろう。
『へぇ‥まぁ、何はともあれ、ゆっくりしていってね。』
南は振り替えってトレーを置く。すると片桐の身内の一人の壮年の男が南に話しかけた。
『何?ナンパか?いかんぞ! この店のマスコットでもある南ちゃんを誰かのものにするたぐいはすべからくだな‥』
片桐がさっそく行きすぎたやりとりを止める。南は軽く笑ってごまかしていた。『あんまりお客の素性をあれするのは嫌いだが、彼は堀財閥一家のせがれじゃないか‥?
噂では両親が手に塩をかけていた兄貴を不慮の事故でなくし、残された一人息子に財閥をたくさねばならぬという噂もでていた。
しかも、堀財閥はセント・ホスピタリアに多額の投資をしていたと聞く。
なんだったかな‥忘れたがある研究のために用意されたグループの資金だったらしい。』
『お兄さんが、‥か。』



『南ちゃん?』
『ううん、なんでもない。』
その日、夜のsiestaの閉店前に青年がsiestaの入り口に立っているのを南が見つけた。
何でも来週の模試に必要な学生証が入ったパスカード入れを落としてしまったらしい。彼の記憶によると
店内の化粧室にカバンを整理する際に置き忘れてしまったらしい。
『‥ちょっと待ってて。伯父さん、今出かけてるの。お店のシャッターは今日は私が閉めることになってたから‥
探してくるね。寒いけどそこで待ってて。』
数分後、南がそれらしきパスカードを持ってくる。学生証には堀季樹という名前が印されていた。
『堀君‥って言うんだ。
特待生?すごいわね。そういえば‥』
先の件で由香里の記憶を微かに思い出そうとしていた。由香里も確か特待生だったはずであった。
『名前、読めないなぁ‥これはなんて読めばいいのかな?』
『としきです。季樹。季節の季に、樹木で。

あ。あの、パスカード。すみませんでした。それじゃ‥』
季樹はそそくさと逃げるようにその場から立ち去ってしまった。
『何よ‥
私の名前聞かずにいっちゃって。まったく‥自己紹介ぐらいさせなさいよね。』