秋の終わり、君憂う頃・1

『いらっしゃいませ!』
喫茶siestaに明るく活気のいい発声が響く。
siestaの再開業と共に片桐の古い時代からの付き合いの常連客で店内は賑わっていた。
南は制服のブラウスの上から水色の迷彩のエプロンをまとっていた。
常連の壮年客に追加注文を受ける際も愛想よい笑顔を振りまきながらてきぱきと仕事をこなしている。そんな南の姿を横目に片桐はグラスを磨きながら新聞に目を通していた。
『のんびりとしたもんだねぇ。片桐のおやっさん
南ちゃんはあれだけ真摯にお店を手伝ってくれてるというのに。』
片桐は適当に相づちをうちながら受け答えする。
『まぁまぁ、そんな年寄りをこきつわないでくれよ。今のあたくしには若い力だけが頼りですってか。』
『そうそう。また開業するから店を清掃してくれっていったり、珈琲の新しい豆を調達してくれっていったり、本当にこの伯父さまはいたいけな小娘をこきつかうのがお得意なんですよ〜』
南が皮肉に片桐をなじる。傍から見ればまるで仲の良い似たもの同士の親子といったところであった。
『南ちゃんはよく働くねぇ。こんな怠慢親父と違ってなぁ。
将来はいいお嫁さんになるよ。』
『誰か意中の相手はいるのかい? お年頃だからなぁ。なんならおじさんたちが彼氏になってあげてもいいんだよ』
途中で片桐が丸めた新聞紙で常連客にこづくように注意を促した。南は思わず吹き出すように笑う。こんな当たり障りのないアットホームな雰囲気が再びsiestaに戻りつつあった。
『そういえば、この時間。あの一番奥にいる学生っぽい兄ちゃん、いつもいるな。店が再開業して一週間、通い詰めじゃないか。』
『南。ブレンド。あちらのお客さまだ。』
『‥はい。』
片桐はブレンドが乗ったトレーを南に渡して軽く思いに耽るようにため息をもらす。
それは今の南の活発さはどこか何か深い心の傷を隠すような仕草に似たものからではないかと察していたからであった。
『それが杞憂であれば、いいのだがな‥』