満月の犲狼・1

一人、館の奥の小部屋のTVを凝視する晋子の表情は何時にも増して険しい。
部屋のカーテンを包む漆黒が一層映えて見える。外はまだ夜が包んでいた。

TVの下の床に無造作に置かれた今朝の朝刊にも昨夜の出来事の概要が記載されていた。さすがに一面記事を飾るものではないものの、都内の事件として見出しを飾るには充分過ぎる内容でもあった。
晋子はしばしTVの奥のキャスターの語りに耳を傾ける。


『昨日、青華学院内で起きた事件につきまして、警察は被疑者死亡のまま被害者の死因を調べると共に‥
なお、被害者の遺体から原因不明の凍傷が検出されており、捜査のほうを進めております。
被害者の伊達一真さんは11年前に東京都新宿区において教員免許を取得し‥』
『11年前‥?』
その一言に晋子は何か引っ掛かるものを感じた。
『しかし何故、この男は能力者が集まるとされる場所を事前に感知ができたのか‥
敵の組織に能力、僅かな魔力を感知できる術をもった人間がいるのか‥それとも…』

『う…』
晋子の背後で憔悴したうめき声が聞こえる。
南の声であった。
『目覚めたかい?‥南。』
『あ、頭が…ゆ、由香里は‥由香里は…!』
頭がまるで何か別の力で締め付けられるような痛みがじりじりと襲い来る。昨夜の記憶も断片的にとぎれとぎれの状態になっていた。
由香里のことを晋子に問いただそうとする中、床の新聞にそっと目をやった。
南はその一面の内容でほぼ昨夜の事変のことを理解するに至った。
『気を失っていたお前をここまで運んでくれたんだよ。美奈ちゃん‥て言うのかい。あの子。』
『美奈が‥美奈は無事なの‥?おばさん‥!』
『彼女なら先程タクシーで松室の受け持つ病院にいってもらったよ。ついでに片桐の旦那が退院してくるからこれから私も病院にいかないといけないんだけどね。南、あんたはどうする?』
『‥‥』
『まぁ、その調子じゃ無理は出来ないよ。私が戻ってくるまでおとなしくしてな。』
『…うん。』

セント・ホスピタリアにて。
晋子は受付で片桐の退院の経緯の手続きを取っていた。
『すまんなぁ。なんかこんな忙しい時にわざわざ。
店も今週中には再開させるから、また暇が出来たら珈琲でも飲みにきてくれないかね。
しかしだ‥まったく、年を痛感するな。少し入院生活をやってしまうと身体がなかなか言うことを聞きゃしない。
若かれし身体に戻りたいよ。まったく。』

『無理が効かないんだからね。もう無茶な飲酒は謹むことだよ。』
『…ごもっとも。』
『それより、今私のまわりも大変なんだよ、南が…』
『南が?』


晋子は、青華学院の昨夜の一件を片桐に話した。
『北織は…?無事だったのか?』
『昨夜電話がつながったからひとまずは無事だったよ。しかし、まぁ教え子を相次いで二人も失うことになるなんて、不運といえばいいのか、何というか‥』
『そういえば、少しニュースでも小耳にしたが、伊達一真と言えばその昔、一度青華学院の臨時講師となって来たことがある。
北織君に師事していた頃の話だ。ようやく思い出した。
学園内で、ちょっとした問題が起きたんだ。あれから辞表も書かずに当時の青華学院を辞めている。
当時の問題というか、事故だな。あれは。確か学院内の図書館の過去のやつを探せば出てくるんじゃないか…?』
『ならば、その突然の辞職から新たにあの学校に再雇用されるまでの空白になにがあったと言うんだい?』『さぁな、北織君本人に聞いてみるか?もっとも、あの子も11年前の話だ。クラスや受け持つ学級が違っていたらそう記憶をいつまでも保つことは難しかろう。もっとも、昨日の今日なんだから、今はそっとしておくのがいいだろう。』
晋子は眼で軽く頷き片桐と軽く談話した後、セント・ホスピタリアを後にした。『過去と今、繋ぐ何かがわかれば…ね。』
夜闇の満月に身を照らされながら、そっと晋子は病院を抜け帰路への歩みを早めた。