大殺界

聖堂を陰欝な空気が支配する。
観客の騒めきはとどまる所を知らず混乱の度合いをさらに深めていった。
『どうして‥ドアが開かない!』
『電話も通じない‥
そんな、それじゃ私たちはこの中に閉じ込められてしまったっていうの!?』
『皆さん!落ち着いてください!』
混乱の坩堝に一つの救済となるべく美香が張り詰めた声で壇上のマイクを取って生徒達にうながす。
『唯…!
私たちでこの結界を解きましょう。
力は、使える?』
ピアノのそばにぽつんと腰を落としていた唯が美香にそっとつぶやく。
『…はい。
できます。』

『私が、この場所で防護幕を作ります。
先生は、その細鎖で力の根源となる箇所を切断してください。
…これで、きっとなんとかなるはず‥』

美香は、壇上の裏に回り聖堂の入り口の地上に立った。己の力を左手に込めて放て光の旋律が、入り口の邪気を含んだ結界に解き放される。
それは一瞬であった。
まるで美香の力を媒介にして結界が共鳴するようにエネルギーを放出した。
『バチ…ッ!』


『何をやっているの?
哀しい無力な小羊のくせにここでは先生気取りなのね。』
美香の精神に冷たい声が直接締め付けるように響く。それは怜奈の言霊であった。美香の、結界の眼前に妖しい瞳を鋭くにらませた制服姿の怜奈の姿が見える。

『…あの男をつかって鍵を手に入れ、必要となるべき力をまとめて手にいれるはずだったのに。
やっぱり心の棘を突き刺したままでは、人は非道にはなれないものなのね。
美香。この姿を御覧なさい。』


『………!』
怜奈がそっと結界に手のひらをあてて力を込める。するとまるで屋上の寸前の光景がホログラフのように美香の脳裏に焼きだされた。『美奈…!由香里‥!!
南っっ!!』

その光景には、事切れたようにうつぶせに倒れ付した美奈、氷の魔力を解き放った南に迫る由香里の姿があった。

『さすが、‥月島の次女。すごいわね。魔女の力って。そう思わない?美香?』
『…な、何を言っているの? 怜奈…あなた…!』
『全ては、虚ろなる御方の為に…
まだ生かしておいてあげるわ。
うふふ‥ははははっ!!』

次の瞬間、聖堂全体を網羅していた結界は完全に消滅し、怜奈の存在も塵と消えた。
美香は、入り口の頂上からすぐさま屋上へと駆けた。
『…由香里。』
『…美奈、美奈は!美奈はどこに‥』

当の南は歯を食い縛るだけでその場に石像のようにすくむように立ちどまっていた。
『‥わからない。
由香里が急に振り向いて、来たと思ったら、‥美奈もいつの間にか消えてた‥なんで、なんで‥由香里‥』

『なんで‥貴方まで‥』
由香里は南の足元でまるで何かにすがりつくように南の足元でぐったりと倒れ付していた。
美香がそっと南と由香里の元に歩み寄る。だが既に由香里の息の根は事切れた後であった。
冷たい秋の終わりの風が吹きすさぶ中、南は食い縛る口元にうっすらと涙を落としていた。