眠れる獅子

『君の能力‥
ヒトの心の真実をその瞳に焼き付ける能力だ。
つまりは、彼女が見る瞳の奥に眠る少女こそが、
鍵となりえるということか…
まだだ、まだ遠すぎる。しかしすべからく時間と言うものは無情に過ぎていく…』


週末の土曜日の朝、南が晋子の館の二階の部屋で目を覚ました。
『また調べ物?』
最近の晋子の面持ちは日に増して厳しさを増していた、無論南の前では極力そのような振る舞いはしないように心がけてはいたのだが‥
『学園の中では最近かわったことはないのかい?平気かしら。』
自分の調べ物のことには触れずにひとまず南に問い掛けてみる。
『ん、まぁ、これと言っては普通だよ。
おばさんのほうは?』

『あぁ、奴等は確実に何かを企んでいることに間違いはない。ただ、奴等の実態が不明な上どこを根城にしているかがわからないままではこちらからは先手をうつことはできない…
結局、ふりだしに戻ったままなのさ。
それより、貴方のクラスメイトの子…
不憫だったね。』
『うん‥』
南は力無く返答する。
自分よりも面識の深い美香のほうが強い悲しみにとらわれているのは間違いない。ただ、それでもなぜか南には彼女の死が自分の中で深く心を締め付けているようにも思えた。
『だが、この街の異変を感じた際には私はいち早く行動ができる。幸い美香にも私の呪符を渡しているから、突然の異変にも対応はできる。
しかしね、どうにも符に落ちない部分があるのよね…何かが…』





週が明けた月曜日。
伊達の朝礼で一日の始まりを迎える青華学院。
『先週に行われた試験の結果を返却する。
一番は須藤君だ。
試験の内容を見てもこの程度の学力が不足しているのはいただけない。
きちんと復習を怠らないように。』

由香里は周囲の目線には目も充てずに一人、読書に黙祷していた。

『例えば、楽園というものが現実に存在しえるものと仮定する。
では、その楽園とは現実の世界においていかなる手段、行為を持ってなすことができるのかという命題。

過去の偉人が数々の試練に挑みこれをなそうとした。ある思想家は現実におけるユートピアの無意味さを問うた。
私個人の主観を述べさせてもらうならば、楽園というのは確かに存在する。
それは煩悩に汚されることのない一つの次元を超越した世界だともいえる。
ただ万人がこの至福を得られることはかなわず、楽園とは選ばれし者に叶う至福と呼んだほうがよいのかもしれない。』


伊達の講義は一時間弱で終了し、その他の授業も特に進行がとどまることもなく無事終了した。
『先生‥』
放課後、HR後の教室。須藤が伊達に一つの悩み話を打ち明けていた。
『幼なじみの男の子がいるんです。
名前は宮内剛という彼で、先日、私に好きだということを打ち明けられました。でも、彼は私の想い望むべき人と違う、見えるんです。
淘汰される姿が。

彼が私と共有することによって得られるものは皆無に等しいと思うんです。
だから、私は彼の想いを断ろうと思っているんです。』

『…わかった。』
伊達は一言、そう答えて優しい笑みを由香里に浮かべた。
『見えるのかい。須藤君。人の心の未来の矛先を。』『‥はい。見えます。』
『ふっ‥そうか。』

伊達の瞳が由香里を一瞥した。









『由香里‥そんな。』
だから、ごめんなさい。
その言葉だけが心の中に山彦のようにこだましていた。伊達のクラスの生徒の一人でもあり、由香里の幼少期の幼なじみ、宮内剛。
運動神経が唯一の取り柄で学内での学業の成績は芳しくない。
どこか実直なところを心の芯としている雰囲気を醸し出す青年であった。
『私に見合うだけのものがないから、宮内君には‥だから、ごめんなさい。』



由香里の表情は余りにもさっぱりとしすぎていた。
その瞳は何かを崇拝しているかのような従順な瞳であり、親友でもあり幼なじみの剛の入る余裕が微塵も存在しえなかった。
『そんな‥由香里。確かに由香里は俺より全然学業もできて昔は勉強も教えてもらった。
だけど、でも、昔から知ってるからさ、由香里のこと。だから‥』
『私には見えるの。宮内君。貴方が強い力に淘汰されてしまうのを。だから。
予知とかじゃない。その人の心の真実を見抜く力。だから‥』
由香里は淡々とした表情で剛に語りかけ、しばししてその場を離れた。
『ちょっと前はあんなことをいうような奴じゃなかったというのに、何が‥』


その夜、晋子の元にとある一人の青年が占いをして欲しいという願いを仕向けに現われた。








翌日。
授業の終わる放課後、週末の予定を語るべく伊達が生徒達に話をしていた。
『さて、
今週末の学園祭の実行委員長を私のクラスからは須藤君に実施してもらうことにした。
委員の補佐役は我孫子君。我孫子君はイベントそのものにも出席するので、しっかりやっていただきたい。』
その放課後の後、由香里は人気の無い職員室へと呼ばれた。
『無事に断りました。』
『‥そうか。』
『私は、伊達先生を信じていますから。
その信じる先生が言った言葉に私は従うだけです。
試験の成績も好調だし、やはり、歴史とは思想を知識として取り入れないと理解ができないものですね。』

『あ、あぁ。そうだな…

ところで須藤君、君のまわりで何か常人と違う特徴、もしくはそれに近いものを持った同級生は、知らないだろうか‥?』
由香里の瞳が一瞬、戸惑いを隠せぬように浮ついた。


『まあ、それは祭の夜にいやでもわかるとは思うんだけどね‥』