胎動

『人間の最大の恐怖は孤独である。
…それなのに人はなぜ自ら一人になろうとするのを望むのか。
なぜ、解らないのであろうか。
孤独こそが、魂を蝕む最大の毒であるということを。ある者は云う。
孤独を悟り、誰かを求め、永遠を誓う。
だが、人が人である存在が故に
その永遠は幻であることにやがて気付く。
人であるが故にかなえられない永遠があるとしたら…永遠を、かなえるには…


私がこの目で焼き付け、刮目したものは全て真実。
私が信じるものも、全て真実。

闇夜に浮かぶ静寂の間に一人の男の瞑想にも似たつぶやきがこだまする。
『少女達よ。君たちの真実。この私が見極めるとしよう。』





イズミの事変から2日後、街にはひとまずいつもどおりの落ち着きが戻り、再び平静なる朝が訪れようとしていた。
『美香…先生?』
学園のほとりのファミレスにて一人、佇む美香の姿があった。
『いらっしゃいませ。』

美香がふと入り口に視線を配る。そこには見覚えのあるショートカットの少女、井上美奈が立っていた。
美奈の視線が美香を捉える。どこかいつもと違う浮ついた表情が気に掛かった。
『美奈…?』



美奈はアイスティーを片手に、虚ろいた表情のまま、美香に口を開く。
『どうしたんですか…?
先生、登校の時間じゃ…』『…お払い箱だって。
クラスメイトが一人消息不明なままの状態、そんなさなか、イズミの一件があって私はその責をとらされることになってしまった‥
でも、不思議とヒトは開き直れると後悔はしないものね。
今は、ちょっと色んなことがありすぎてそれが私の普通の生活にも少なからず影響を与えていたとしたら‥だから、ある意味この結末も必然だったのかもしれないわ。』

『そんな‥』
それでも美奈には理解できない節が残った。だが、今はこれ以上二人について深く詮索する時期でもないことを知っていた。
『先生はこれから、どうするんですか…?』
『とりあえずは、来週末の青華祭まで担任を受け持つことになっているの。もっとも新しい、私の代わりの教師は既に今日到着してるみたいだけど…
今日は土曜日だし、午後かは青華祭の準備が始まるみたいだから。なんでも今年は一流の奏者を引きつれてのダンスパーティーみたいな施しがあるみたい。
南がはりきってたわ。
昔子供の頃舞踊をやっていたみたいだから、だって。
美奈、貴方は?』
『考えておきますね。
体調も今はそれなりに安定はしてるので、私はでも青華学院の学生じゃないんですけど、顔出しても大丈夫なんですか?』
『何とかしてみるわね。
それじゃ美奈、また。』
美香が自分のコーヒー代を置いてそっとファミレスを後にした。

昼過ぎ、青華学院にて。
自己紹介を足早に終わらせた美香に代わる青華学院の教員として配属された伊達一真が三年生の教室にそっと着席する。
伊達の教科担当は歴史で、また大学時代の履修分野は文化史、民俗史、科学思想史と幅広いものを持っていた。
年令は20代後半、美香よりは若干年上といったところであろうか。
この世代特有の口調、知に重きを置いた語り口は歴史に興味を持ちえない学生達にとっては倦怠そのものであった。
だが、教室の一番後ろの席で一人伊達の会話に必要以上に強く耳を傾ける少女の姿があった。
三年生の中でも学院内一番の秀才との噂が名高い少女、須藤由香里であった。
『では、次回は歴史の裏の側面から見たいわゆる些末的な事象について私が興味を持ったことについて解説をします。興味のある者もそうでない者もまずは一聴するように。質問は随時、放課後も受け付けますので。それでは、本日はこれにて。』
終了のチャイムの音と共に伊達が教室を後にした。