薄紅の落葉の下で

もし生まれ変わった時に自分の望む世界があるとしたら、私は何を願うだろう。大切な人がいて、大切なものがあって、
その先に、
何があるというのだろう。
未来…
望まない人間にも、訪れるものだということをまだ私は知ることはできなかった。
『………』
血の臭いに混じる少しの沈黙が佇む宵闇の中で
イズミは一人、何かをつぶやくように静止したまま口を動かして言葉を紡いでいた。
『イズミっ…!
イズミ‥イズミっ!!』
誰かの思念が強い思いとなって
自分を呼ぶ声がする。
『誰…
美奈、間に合ったのかな…
花なんか、
もう、よかったのにね…』

イズミは無意識ともとれる心の表層の中で何かを叫ぼうとする。
『お母さん…』
無我夢中でまるで這うようにして歩いた先、辿り着いた場所は自室のマンションの屋上だった。
『…お母さん。』
額からは牧村にけしかけた暗器の糸の反動か、美奈のヒーリングで癒えた傷口から再び浅い出血が始まっていた。
一人、屋上のテラスを覗き込む。
すると、程なくして背後から一人の小さな足音が、カツ、カツと小刻みな音をたてて響いた。
イズミは電池の切れた人形のように呆然とテラスのそばに体をささえるように直立の姿勢をたもっていた。
『イズミ。』
聞き覚えのある男の声。いや、それは間違いなく自分が父親と呼んでもいいはずの一人の力なき声色の男であった。
伸は、所々崩れかけた包装に包まれた花束を持ってイズミの眼前へと歩み寄る。『イズミ。
18才の誕生日、おめでとう。
まったく、探しまわったんだぞ‥
悠梨に、心配をかけさせやがって。』
『母さん…?』
『………』
目の前の男を父さんと呼んで歩み寄ることができたなら、もっと心を素直にさせることができたのかもしれない。
だが、過ぎ去った時間がまるで意志となったかのように、イズミは一歩、右足をそっと軽く震わせながら後退させた。

数秒の沈黙の後、伸がイズミに花束を渡そうと迫る。ふいに、鈍い金属の感触が皮膚を鋭くえぐりとるのをイズミは感じた。
『…これで、悠梨の元に、いけるよ。イズミ。』


花束にまとまっていた花びらが突然の突風と共に虚しく揺れる。
父の面影と薄れゆく母の意識をたどりながら、イズミはその場に膝を付いて崩れ落ちた。