時の狩人・1

『そうか、奴らはここに集まるのか…
さすがは“サトリの法”を持った能力者だ。これなら、鍵の存在をこの俺の手中にいれることもたやすい…


フッ、待っていろ…
鍵さえ手にいれれば、この俺が、秩序さえも、全て…』






『…誕生日?』
南がきょとんとした表情で美香に問い掛ける。
『そう。誕生日。』
『もう誕生日が恐い年になってるくせによく言うわよ。』
南がジョークめいた口調でぼそっとつぶやいた。周囲の空気が緊迫する。その後ろで唯が文庫本で口を押さえながらくすりと笑った。
『…もう、バカね。何言ってるのよ。違うわよ。
私のクラスの生徒の一人の女の子よ。
もっとも、最近は学校にはめっきり出席していなかったんだけど。まぁ、そのへんは…ね。』
唯が美香のほうを見つめながら問い掛ける。
『それって、山室イズミさんですか?』
美香が呆気にとられた表情になる。
『そう。って、唯、なんで貴方が?』
『彼女の父親がわりの伯父がが依然行方をくらませているんですよ。それで、ほら、あれじゃないですか。大きな声では言えないんですけど例のあの組織が、からんでいると言うことを…』
『そうね…私も最初はイズミにうかがったわ。でも、イズミと彼の伯父の関係は私たちがかまうことじゃないの。
今は、ほらただ一人の身内として何かしてあげたくて、それで…ね。』
『随分優しいんですね。
私たちには気にかけてくれることなんてほとんどないのにね、ねぇ、南?』
今度は南が含み笑いを起こしていた。やけに今日の唯もいつもと違って冗舌であった。
『じゃあ、なにかパーティーみたいなのにしましょうか?それとも…』
美香にいい案があると言うことで、話を南と唯に伝えた。唯はその場所をうかがう為の下見にむかうと2人に説明し、一人席を外した。

『…先生。』
美香が廊下に戻ろうとしたその矢先、南がか細い声で美香にささやきかける。

『能力者なんですよね。彼女がかかわっているのは…』
咄嗟に美香は口をつぐむ。出来ることなら彼女にはこの事には触れないでいてほしいと言う気持ちが強かった。
『私も…似たようなものよ。
でも、彼女の場合は…ね。私が出来るのは教師として、一人の教師としてなら‥』
ずいぶんと冷めた口調だ。彼女のことを想っているようで微塵も考えてないようにもとれる。南が思わず感情を込めた口調で問い返す。
『…さっきともう違うこと言ってるじゃない。
先生は、…美香さんは、何が望みなんですか?
人だったら、何かに踊らされ、時にまちがったことをしてしまう時もあるんだから…
でも、先生は違うんですよね。』
南の冷たい視線が刺さる。『…やめますね。
こう言う話をするときりがないから。
私ももっと素直でいられるように頑張りたいですし。だから、…唯と同じひとりの友達として、日曜日はよろしくお願いします。』
美香は席を外す南をそっと視線を離さずに見送った。思えば不毛な話である。
自分の過去に、現在に捉われるクビキのあまりにものつらさに逃げ出してしまおうと考えたことがある。だが、それでも自分が信じるものをなくしてしまったら、その心は跡形もなく消失してしまうだろう。
今、イズミを守れるひとりの存在として、美香は行動するしかなかった。

『日曜日?』
壮年の男同士のつぶやきと静観な設備の整った小さい病室内で男は南に問い掛ける。ベッドに横たわる男は片桐だった。
『クラスメイトの誕生日会か…いい話だ。俺がもう少し早く退院できたんだったら、siestaで貸し切ってパーティーも悪くなかったな。』
『そんなことを考える元気があるようならもう退院は目前ね。
siestaはいつ復帰するの?マリヤには、私のほうから言ったきりだから、何でも、彼女も個別にやりたいこと?探してることがあってしばし留守にしたいって。みんな忙しいんだよねぇ、まったく。』
年甲斐の看護婦と雑談したり、一人病室でケン玉を励むあたり、片桐の調子は日増しによくなっているようだ。
しかし、ここに入院することになった時は片桐の様態は筆舌に尽くしがたい錯乱ぶりであった。
まるでそのまま精神病院に収容されてもおかしくないレベルだったのである。
『月島さん…ちょっと。』『あっ、先生?』
担当医の松室麻衣が南を呼んだ。松室一家はこの街、特に新宿に強い地盤を持つ医学界の首領で、麻衣はその地盤を受け継ぎこの未里市で一人個人病院を営んでいる。
松室は実の処月島家、朝比奈家とも縁があり、晋子があの地で営業を無理なく営めるのも実際は松室の後ろ盾があるからとも揶揄されている。
松室家の末女である麻衣は晋子の助言によってこの地に開業したという噂もあるほどである。
『伯母さまは?』
松室が南にそう促した。無論、晋子のことである。
『病室で無駄飯くらって看護代を私に請求するようならつっぱねてやりなだって。大人って恐いですよねぇ。』
『あははっ。あの人らしいわ。まぁ最初は鎮痛剤が効きにくて苦労したけど今は良好よ。ただ、ちょっと気になったのは背中の傷かしらね、あれは刃物かなにかで深く切られた跡に違いない。』
『刃物…?』
『何か人に恨まれる商売でも昔していたのかしら。人柄からはとてもそんな人には見えないわ。』
昔の娘さんを失ったことがかかわっているのだろうが。だとしたら…
『どうせ痴話ゲンカか何かですよ。将来は色欲地獄に落ちるにきまってるんです。週末の予定に備えたいんで、そろそろ帰りますね。』

松室も少しして病室を去った。
『そういえば、彼女の学校の一人の生徒が瀕死の致命傷を負って病院に運ばれたはずが、翌々日ほどにまるで嘘のように回復していたあの話は…
まさか…』
やたらと今朝の病室で患者たちが噂していた話だった。

『瀬名先生じゃろ?あの大病院の神がかった術のような手術がうりとマスコミでもやたらと取り上げられたが…
なんでも、病弱で余命いくばくもない自分の娘にとある手術をした時にその手術の秘儀を身にしたのだとか…』
『その娘さんは助かったのかね?』
『ん、らしいね。たださすがに病が病らしく五体満足ってわけにゃいかんかったようだが。
羨ましい話だねぇ。
もっとも金も財もコネもないうちらにゃ縁のない話だがねぇ。』