追憶のソリチュード

一瞬、淡く白い光がぱっと輝いて収縮して霧散するように消えた。
それは不思議な感覚だった。まるで身体の中に新しい熱を帯びた脈動が駆けるようであった。
『これは…』
考える間もなく、疲労した肉体がひどく睡魔を呼び覚まそうとしているのか、イズミはそのまま美奈のベッドでうつむいたまま眠りに就いた。

『…イズミは?無事?』
電話口から美香の声が漏れる。美奈は安堵とした表情で美香にイズミの無事を伝えた。そして…
『探すんですか…彼女の。』
『それは…』
私に考えがあるの。と一言美香がこぼす。ただその口調はどこか歯切れが悪い。
『この街から転校させてあげようかとも考えたのよ。でも、それは果たしてイズミにとってプラスになるかどうかはわからないの。
親族の方に連絡をとろうにも、伯父以外の親族がどこにいるのかさえわからないの。』
『イズミの、両親は…?』
美香は、無言を貫く、その数秒の沈黙が美奈に理解をさせた。
『しばらく、イズミのそばについてあげて…
美奈、あなたがいてあげたらきっとイズミも今錯乱としている心がやがて落ち着くと思うの。学園のことは、私がなんとかしてみるから…』

『はい。わかりました。』美奈は受話器を切った。
自分の能力については記憶がまだはっきりと思い出せるところまでは来ていない。
ただ、自分自身が幼少期から常にまわりの他者より違う何かを身につけていたのは明白であった。
『聖なる、加護…、私には探すべき人が、どうしても…思い出せない…身体が…』
美奈は自分の両手を見開いてぱっと凝視する。だがいかにして毎日を流されるように生きてみても自分が世界のどこから来て、どこに向かうはずなのかわからない虚ろな喪失感に似たものを感じる時がある。
『だから、…思い出すのよ。私の記憶を…』
最初にイズミを見た時、どこか美奈は他人のようには見えない親近感のようなものを覚えた。それは、境遇、環境の相似といえなくもない何か。
『彼女も…同じ…』

海馬マリヤの存在。
突如の出会い。
忘却の存在。
この街が…さまよえる記憶にうつろう誰かをまるですべて呼び寄せようとしているのかさえ思った。

『マリヤ…
私の力のことを…マリヤは…』
彼女は、自分の力を非常に怪訝な瞳で伺っていた。
『自然なる摂理が…かなわない力。
俗に言う過去の遺産であるシャーマン、祈祷、治癒、それらの力に俗するものはかつてヒーリングという力を持つことができたの。
でも、貴方の場合は‥それは‥』

遥か昔に眠るもの。
自らの魂を分け与える力。生命力を流し込む能力。
『記憶が不完全なの。これ以上は、だけど美奈、貴方にはきっと幼い頃からその力はあったのよ、きっと。だとしたらね‥』
『だとしたら…?』
『ここからは私の想像。記憶さえあいまいな私の想像なんてあてにならないわ。だから、今は…でも、美奈。その力は無闇に使うものではないかもしれない。
自分の力を過信しないこと。…いいわね?』

『この街には、まだ、私や貴方ですら知らない何かよくないものが渦巻いてる。そんな予感がするわ。
…こう、力を持った人間が存在することも、記憶をとりもどせないことも、何かが、つながっていそう…

でも、美奈、そればかりに捉われて生活することは無意味なことだから。
…だから、今は取り戻せない記憶についてはお互い考えすぎないようにしたほうがいいのかもね。』

彼女はあくまで平静であり沈着としていた。自分は普通に生活すればするほどその日常の奥底に移ろいゆく不安を少しずつため込んでいこうとしていた。

それはよくも悪くもマリヤの言うとおりなのだろう。『お母さん…』
イズミがベッドからか弱い声でうめいていた。
『どうして…』


イズミが目覚めた時、そこにはさっきまで絨毯を引いてあった場所に小さなテーブルがたてられていた。
『よく眠ってたね。
でも傷ももうかなり癒えてるし、あとはお腹すいてるぐらいでしょ?
と、言うわけでどうぞ。
私にしては手間かけたほうかも…ね。』
かなり癒えてるなんて言うものではない。実のところそのような表現でたとえ表すことには意味がなかった。
胸部をえぐられた傷は完全に縫合されており、頬の傷跡も復元していた、おまけに数日前に比べて躍動するかのように体力が満ちあふれた状態にすらなっていた。

『これ、全部貴方が作ったの…?』
『そう。特に玉子焼きは甘口にしてあるから疲れた身体には最適だよ。さぁどうぞどうぞ。』
イズミは軽く表情をなごませながら玉子焼きに手をつけた。
『ひゃあ、甘いなぁ。でもおいしいよ。
サラダとかもすごい綺麗な盛り付け方。すごい…感心しちゃう。』
自分のあの自宅にいた時代を振り返ってもまともな料理などつくったことのないイズミにとってはただ感嘆するばかりであった。
『ところで…さっきあった日記、あれは?』
『母さんの日記なの。
私の小さい頃とかを書いてたの、正直あれを読むまでは私は自分の伯父を好きになることはできなかった…でも、たった一言でかわった。
“あの人は、素直に気持ちをうちあけるのは苦手だったからね”って、そう思ったら何か不思議と身体の力が抜けたっていうかね…

そして、イズミの誕生日が一週間後だと言うことに日記を読み返して気付く。
『自分の誕生日もうろ覚えなんだから馬鹿な娘だよね。でももう18になるんだし、私も自由になっちゃっていいのかもね、そう思わない?』
何故か起きてからのイズミは冗舌だった。心の迷いはふっきれたのだろうか。
美奈は少し耳を傾けてイズミの話を聞いた後に、イズミにある話をもちかけた。『女同士だとあれかもしれないけど、来週さぁ、イズミのお誕生日を祝おう!できたら、先生も呼んで…ね?』
『何だかこそばゆい感じで恥ずかしいな。』
当のイズミもまんざらでもない様子であった。