母のナミダ・2

『貴方は、誰…?どうして、能力者のことを知っているの?』
『私の記憶が、呼んでいるから…
歩まずには、いられないの。』
その少女は美奈であった。満身創痍のイズミに歩み寄り、そっと手を貸そうとする。
その屈託のない表情にイズミは抵抗するのを止めた。


『大丈夫…ひとりで歩けるから。』
『無理したらだめだよ。』『無理なんか…してない、歩けるから…っ!』
しかしその足取りは非常に重い。所々引きずるように片足を無理矢理力をつかって歩く様が美奈には痛々しく見えた。
『とりあえず、そんな身体でうろうろしてたら危ないよ。
先生も心配してるのに。』
イズミは少しの間、無言を保ち、美奈に捜し物があるから少しだけここで待ってて欲しいと頼んだ。
数分後、イズミは部屋に入るや否や、一冊の日記帳のようなものを持って美奈の元に戻ってきた。
『自分の部屋で寝るの?』『いや…どうせここには、またあの人が帰ってくる。今は、同じ空気を吸いたくはない…から…』
今、という言葉がどこか美奈にはひっかかった。
まるでそれは永遠に訪れることのない時間のようにも思えた。
『これさえあれば、あとのことはいい…
どうせこんな傷だらけの状態だし、美奈、好きに私をどこにでも連れていって。』
『…そうするね。』
美奈は軽く笑ってイズミを連れて歩きだした。



『はい。井上です。イズミは無事です。先生のほうはなにか変わったことはありましたか?
私のほうは大丈夫です。それじゃ。』
途中、美奈の携帯電話に着信がかかって来た。発信は美香からであった。
『さて、もう着いちゃったんだけど。ゆっくりしていって。先生には私のほうから伝えておくから安心して。
学校とかは、落ち着いてから私のほうに連絡をくれればいいって。』
『…そう。分かった。』
イズミの返事はまだどこかそっけない。美香に無用な心配をかけさせてしまった後ろめたさも若干はあった。
ここ数日はいかに自分本位の勝手な行動で生きていたかがよくわかる。まるで得体の知れないものに駆り立てられるようにイズミの心は何かを急いでいた。
『それで…どうする?しばらく、私の部屋に寝泊りする?
私も昼は出かけることが多いから、昼は部屋は誰もいないし、のんびりしてもらってもいいし…と言うか、休むべきよね?』
『…お言葉に甘えていいなら。』
じゃあ、…と美奈は言葉を続けたあとイズミに歩み寄り頬にそっと自分の右手をかざすように添えた。一瞬、美奈の瞳が何かを祈るように閉じたように見えた。その次の瞬間、急激な生命の脈動が激しく入り乱れ、イズミの頬から身体を伝って流れて行く。

その手はまるで癒しに満ちた母の手にも見えた。

『傷が…痛みが、そんな…』
イズミは、ただその場で自分の両手を凝視しながら呆然としていた。