朝を願う者・2

『…ミイラ取りが、ミイラになってしまったか。』
静粛な聖堂の中でひっそりと、一人の素顔を黒いヴェールに隠した老女が告げる。
『いえ、
もともと彼女に渡した力はさほどの物ではなかったではないですか。だとすれば…』
一人の少女が憂いを込めた瞳で相づちをうつように呟いた。
この場所こそが聖なる地。鍵を手に入れ、彼女を手にいれることによりこの結社の願いは叶えられる。
『何をお考えなのですか?』
『いや…
何でもない。』

その数十分後、
都心深く埋もれた聖堂の中に闇からの使者の声が入った。
『…ニティ様、バニティ様…!』
都心を潜伏させていた密偵からの情報だった。
だが、バニティとよばれる人物からの応答はない。
その場を一瞬の静寂が包むと同時に、密偵の焦りをうながすかのような、叫び声に近い声が聞こえた。
『何だ、
バニティ様はひどく憔悴しておられる。
この場所ではあれほど静粛にせよと言ったつもりだが、理解できないのか?』
先程の少女の声だった。バニティらしき老女に話し掛けていたのとは幾分にも声の怒気が違う。まるで気の許せる友同士の会話を邪魔されたかのように、少しの苛立ちにも似た冷たい声であった。
『は…申し訳ございません。しかし…』
『事は私が取り次ぐ。
バニティ様に入らぬ懸念をかけるな。
…信者のことか?信者の管理なら、瀬名に任せているだろう。』
『いえ…“鍵”の行方を、そして、能力者の話について、私は…』

少女の瞳がわずかに収斂する。
そして、ぼそりと呟いた。
『話せ。』





『“鍵”の媒体となる一人の少女の行方ですが、それはやはりあの女が巡り合う元に収束するというのですか…しかし、その根拠は…』
『無論だ。
バニティ様の観測に間違いがあるはずもなかろう。
探せ。そしてかならず私の元に連れてくるのだ。』
密偵は話を続ける。
『そして、かの裏切り者の、北織は、どうするおつもりで…?』
『“鍵”を傷つけずに浅い精神汚染しかかけなかったから奴の波動で溶けてしまったのか…
北織の精神力は高い。それによって信者達が揺さぶりをかけられる怖れも…だとしたら…』
その時、背後から一人の下卑た男の嬌声にも似た声が聖堂の廊下を伝った。
『そのための、WALD LITTERだろうが…?
邪魔者を消す。
それに何の躊躇いがある?』
牧村琳可。
WALD LITTER第一の男。
だが、少女は牧村をまるで汚い物を見るような眼差しで見つめる。
なぜバニティが選ばれし者にこの男を定めたのか、今でも疑う時がある。
『…北織か、知ってるよ。あの憎い片桐の娘のあれだろう…
しかし、馬鹿な男だ。娘がいなくなったぐらいで我を見失い気が狂うとは、どこかにいた阿呆な家族の下衆とそっくりだ。
結局あれも能力も何も使い物にならず親子そろってお払い箱だからな。無駄の極致よ。』
バニティの本質を、見極めてあえて従事しているのか否か、その真意は定かではないが。
『…話をややこしくするな。密偵、仕事を続けろ。
それに美香は決して知らない仲ではないからな‥やむをえまいか。』
『何ぃ…?』
牧村が興味深そうな目で少女を見入った。