朝を願う者・1

『…眠れないや。』
別段不眠症でも何でもないはずの南が、最近はいつにも増して夜を心地よく満喫して眠ることができなくなっていた。
無論、この日常を何気なく生きる中で少しの不安はある。それは誰もが持っていることであり、大事の前の些事に過ぎない。
ただ、それとは違った何かが、胸の中で軽く軋むように南の心をくすぶる。




『なんと笑わない娘だね。…あの真っ黒なドレスだかをまとっているのはどこの娘だい?』
此処はどこかの披露宴にも相似した宴の中心の場所であった。厳かな雰囲気と甘美な輝きに満ちた宮殿で、一人壮年の紳士達の群れに交じってジュースの入ったグラスにそっと手をつける一人の少女の姿があった。『あぁ、あれは月島の娘ですよ。
姉も姉なら妹もか…
食えない娘たちだ。』
『そういいなさいますな。我々がこうも物事を円滑にすすめられることができるのも全ては、月島の一家の力あっての賜物ではないですか…
食えないとは、行きすぎたことばだ…』
『その通りですよ。
それに、もう小学生になるかならないかの年頃でしょう。
今でさえあの端正な顔立ちなんだ、いつかきっと美人になるんでしょうな。』

一同の嘲笑にも似た笑いがこぼれる。
『ククッ、貴方にはかないませんね……』

肝心な記憶はまだ心の闇の深淵の中だ。
父の記憶…姉の記憶…私の記憶…
過去…その全てが。
だが、取り戻しつつある自らの力の脈動が自分を宿命的に姉への邂逅を導かせていく。
きっとその先に、自分の捜し出す生き方が見つかるかもしれないと信じて。

南は、朝日が昇る時刻と共に一人、晋子の館へと足を運んだ。

『虚栄の塔…
その本拠地は不明。支部と呼べる場所は都心、新宿にあるとされる。
旧き時代を終幕させる為に、新しき時代の扉を導く。聞こえはどこにでもある新興宗教、もしくはそれに似た組織…結社…』
虚栄の塔を知るに当たって美香は、貴重な情報を教えてくれた。
『3人…
北織美香は過去に事故死したはずの旧友が虚栄の塔の組織内部で生存している…山室イズミの母親は11年前、虚栄の塔の狂信者となり謎の横死を遂げる。その死の事実は組織内でも黒歴史として葬られ事実を知る者はない。
そして、鈴木紗映。
彼女は11年前に右目を失明している。それは…』

さらに、美香は晋子に自分もその真意がつかめていない単語の欠片を晋子に伝えた。
『仮初めの命の術法…
虚栄の塔の闇を守護するもの。7人の従騎士WALD LITTER(ウォルド リッター)』
『バカな。この名前は…
南、南…っ、お前の…』
変わらぬ朝の光が再び館を照らす。しかし、晋子の表情はまるで抜け出せない闇の中を模索する一人のちっぽけな存在と成り下がっていた。
『南…哀しいね…お前をこんなことに巻き込みたくはなかったというのに、運命は我々を結び付けるためにあるらしいよ…』