復讐の女神・3

一人、部屋の蛍光灯を消して南はベッドにもぐりこむ。
こんな静寂過ぎる夜は落ち着かない。
それは思い出したくない昔を、思い出してしまうから…?
それでも、もやもやとした気持ちを消すには瞳を閉じてうつむくしかない。
ベッドに入ったまま、南は数時間前のことを思い起こしていた。


『南、この事件から手をひきなさい。』
晋子の真意は概ね推測がつく。いや、自分でも痛いほどにわかっている。
自らが大切なものを失うことの恐さを、知っているから…
そして、晋子にとってはそれが自分なのだと言うことを。

三時間前。
青華学院郊外の喫茶店にて。


『どうしたのさ。
あんたが口を閉ざしてたままじゃ話がまた進まなくなってしまうじゃないか』
美香は、目の前にだされた珈琲には手をつけず、ただじっと床に視線をこすりつけるようにじっと凝視していた。
『その様子じゃ、
あんたの過去にも人様に言えないような何かがあるのかもしれないけどさ、
それはお互い様なんだ…
人の世を見定め、占う仕事を私は生業にしちゃいるが…
結局は、自らが動かなければなにもはじまらない…そうだろう。』
そして晋子は言葉を続けた。
『昨日の夜、片桐のマスターが行方知れずになった日に、私は邪気を感じたのさ。
この街の、そう、まるで伏魔殿のような場所から滲み寄る凶悪な邪気に。
数ヵ月前から予兆はあった…だけど、確信したよ。明らかに、この昨今のこの街の異変には人為的な何かがからんでいるということをね。』

『…その通りです。』
『だが何故…?
なぜあんたが片桐を狙う理由が…』
訝しげな表情で晋子は問う。そして美香は次の瞬間そっと口を開いた。
『…記憶に、覚えていないんです。』

晋子の眉が収斂した。
『しらを切る気かい?』
『いえ…
自分の中の、“能力”が解き放たれ、そのベクトルを見失った時に、思わず、自分の思っている人に手をかけようとした、それしか…』


『思い人か…だが、あえてきくまい…』

晋子は美香の顔をそっと一瞥して伺う。
『私のみる限り、精神を乱す波長はどこもうけてはいないようだね…
それならば、もうきやつの組織の呪縛にからまれることもない…
だが、これを持っておきなさい。』

晋子は黒い装束衣の袖から美香に、そっと一枚の呪符を差し出した。
『この札があれば、何か精神が乱れた時に力になってくれるはず。
美香、貴方の力を正しくセーブする薬にもなってくれるはずよ。
持っておきなさい。』
美香は軽く笑みを浮かべて晋子から呪符を受け取った。
『私は、時期を見てあの組織の元に戻ります。
今なら、何かわかるかもしれない。
私の学校の中でも、まわりでも、周囲にちらほらと信者が増えている中で何かをつきとめないといけないから…
そして、私の過去を知る人の行方を追う…
捜し出して、私の力で決着をつけます。』
美香の瞳に凛とした意志が宿るのを感じた。
『美香。
死ぬんじゃないよ。…絶対に、ね。
貴方にはこれから助けてもらわないといけない多くの避けられぬ戦いがあるのだから…』
晋子は、そっと喫茶室を後にした。