グッド・バイ

自分はひとりでいきていくそう、心に誓う。
そして、その道の途中で誰かがそっと手を差し伸べてくれるんだ。
『一緒にいきよう…?』


笑顔で差し伸べられた君の左手。
今、僕のこの右手と堅く握りかわすことができたのなら…

『いっしょに…』
それは一日、一ヵ月、一年、それとも永遠…?



その手を差し伸ばしてあげる相手が、この僕だったらどれほど幸せだったのだろうか。


『……』


深海に眠る砂に埋もれる貝のように
光り輝く時をやがて待ち望み、静かに眠る。
いつかまたあえることを信じて…

『ねぇ、渓はまだ…』
『あぁ。
行方のメドはたっていないらしいぜ。
…わりとあれで無思慮なようで俺より堅実な人間だと思ってたんだが。
どうなってんだか。
ともかく、今日仕事が終わったら夜もう一度あたってみる。
思い当たる節がまだいくつかあるような気がしないでもないからな。』


一色渓の中学時代の友人、いや悪友と言ったほうが正しいか、香山祐一はつぶやくように言い放った。

『もうちょっと空元気でもいいからいい顔しろよ。
まったく、お前は昔から物事をよくないほうに考えすぎだ。
気紛れなあいつのことだ… そのうちぶらりと戻って…』
そんな香山のやりとりを無視して槙絵は歩幅を早めて香山のそばを通りすぎようとする。
『って、おいおい…?木内!待てよ!』
ほんのわずかな一瞬でそそくさと立ち去ってしまった槙絵を追って香山は愛車の漆黒に塗り固められたセダンを走らせた。
『そうだ…あいつの学校…確か、前の担任が…』
何かを思い出した香山はそのまま都内の国道を駆けた。

早朝。
青華学園校門前。その前をたむろする生徒達がなにやら怪しいざわつきを見せる。
『…おはよう。』
美香が廊下にいた南にそっとあいさつを交わす、しかし、あいさつを返されるどころかまるで冷たい人の心を持ちえていないかのような眼差しで南は美香を凝視していた。
『‥何が狙いなの?』

『…月島さん。』
『…やめてよ。
呼ばないで、私の名前を。』
『…本当のことを、話すわ。
どうせ、もう隠し通すことはできないから。』

『…そう、それを伝え託すことによって、私の役目もおわり、苦しみから抜け出せるかもしれない…ふっ、どこまでも自分のことばかり…馬鹿な女ね、私って。』
美香は、放課後に人のいない場所で南と待ち合わせることを決めた。


放課後。
美香は一人屋上で夕暮れの空を見つめながら南が来るのを待ち兼ねていた。
『その衣裳…』
南が纏っていたのは黒の法術衣であった。
その闇を纏う衣に便乗してか、今そこにいる一人の少女が揺るぎない意志の力によって人ならぬ強靱なオーラをも纏っているかのように見えた。
『返答次第では…
私を殺す気なのね。』
美香が光の細鎖を手に取り身構える。それはまるで能力者同士の衝突の寸前、そのものであった。
『能力者…
いつしか少しずつ歪みはじめた世界を象徴するようにこの街はおかしくなっていったわ。ある時期を境にね。』
11年前。
…失踪、蒸発、殺人。

『…そして、その世界の歪みは人為的なものによってなされていることを私は知ったわ…』

確信していたのは遥か先であった。

この街には、過去に消え散った魂の群れが一人歩きして動いているということに。
『魂の…群れ?』

『偶然じゃなかった…だから、それにもっと早く気付く人がいたらここまで歪むことはなかったのかもしれない。』


あの子のことも、守れていたに違いないのに…
『それで、あなたはどうするの…これから…』
南が哀しい表情をこめて美香を見つめる。しかし、美香はまるで達観したような含み笑いをこめて南を見つめ返すだけであった。
『もう、私はあいつらを裏切ったも同然なんだから…そんな私をこれ以上、あいつらが生かしておくと思うの…?』
『えっ……』
美香の表情は新たな冷たさで凍っていた。